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【安西 水丸】の名言集|名言まとめドットコム

引用元:朝日新聞デジタル

今回は有名な「安西 水丸」の名言をまとめてみました。聞いたことのある名言から、こんな名言あったの?といったものまで数多く紹介します!誰もが知っている有名人「安西 水丸」の名言・名セリフには、どんなものがあるのでしょうか?

安西 水丸とは

本名:渡辺 昇(わたなべ のぼる)東京都港区赤坂出身 生年月日 1942年7月22日 2014年3月19日の21時7分、脳出血のために死去
安西 水丸(あんざい みずまる) 日本のイラストレーター、漫画家、エッセイスト、作家、絵本作家。
1945年、重い喘息を患い、母の郷里である千葉県千倉町(現・南房総市千倉町)に移住。幼少期を千倉で暮らす。その頃の体験や思い出は、初期の漫画作品、エッセイ、小説など多くの作品に登場している。「千倉」は彼にとって重要なキーワードとなっており、すべての心象のルーツであるように描かれている。
1961年、日本大学豊山高等学校卒業。日本大学藝術学部美術学科造形コースに入学。1965年、同大学を卒業。電通にアートディレクターとして就職。1969年、同社を退社して渡米。現地でADアソシエイツ(N.Y.のデザインスタジオ)に就職。
村上春樹とは彼がジャズ喫茶の経営者時代からの付き合いで、親交が深い。共著として『象工場のハッピーエンド』、『村上朝日堂』、『ランゲルハンス島の午後』、『夜のくもざる』などがある。村上のホームページをCD-ROMにした『夢のサーフシティー』(1998年)と『スメルジャコフ対織田信長家臣団』(2001年)では、二人の対談を聴くことができる。

参考:Wikipedia

安西 水丸の名言集

人生は短いですよ。好きなこと、やりたいことがあるなら、やってみるべきです。それに向かって努力していれば、たいていは誰かが認めてくれる。そうならないなら、まだまだ自分に努力が足りないということです。

やりたいことはとにかくやる。そのほうが、人生は楽しい。

何かしらの才能が、人にはかならずある。

僕はうまい絵を描こうとは思いません。僕にしか描けない絵を描くことが、最も大切だと思っているんです。

自分より絵がうまい人はたくさんいるけれど、自分より絵が好きな人はいない

それまで自分で見ていた「絵」というものと違うんじゃないか、という感じがしたんです。もちろん、造形的な面もきちんと考えていますが、それよりも、彼自身の感情が強く出ている。そこに感銘を受けました。

自分のリズムをあらためてつかむということでしょうね

線には、すごく感情が出るんです

いい味わいの絵を作り出すのだが、描いているうちにどんどん巧みになってしまうことが多い。一番いい状態を保つことは、これがなかなかむずかしい。あの人はあの頃、あんなにいい絵を描いていたのにとおもうことがしばしばある。

描く人の感情、気持ちが表れている

本当にその人にしか描けないものを描いたかどうか

絵はいくらでも練習できるけれども、画品(絵のもっている品)は生まれもってのものだから、直せないんだ

いいものを忘れていっている

捨てちゃっている

絵なんてみんな小さい頃からお絵かきしているんだから誰でも描けるけれど、本来持っていた良さをいかに残していくかを意識しないといけない

努力の跡が作品に出ることを嫌い、作品には軽やかさが大事だと教えられた

ブルーナの絵は、なんとなく気持ちが迷った時に見ると、すっともとの自分にもどれる不思議な力を持っている

ぼくに忘れていたものを蘇らせてくれた。イノセントな感性が最も大切であることを教えてくれた

ついにおそろしいことがやってきた。「ちゃんと読んでいないんでしょう」青くなった。これもひとつの恋であろう。再び借りることになり、苦しみながら読破した。実に辛い本であった。Kは今、「岸田ますみ」といい、画家になっている。僕の妻である。

なまじっか復元された天守閣などない方がいい。わずかな石垣から漂(ただよ)う、敗者の美学のようなものがたまらない

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