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【小柴 昌俊】の名言集|名言まとめドットコム

引用元:東京大学 The University of Tokyo

今回は有名な「小柴 昌俊」の名言をまとめてみました。聞いたことのある名言から、こんな名言あったの?といったものまで数多く紹介します!誰もが知っている有名人「小柴 昌俊」の名言・名セリフには、どんなものがあるのでしょうか?

小柴 昌俊とは

1926年〈大正15年〉9月19日愛知県生まれ。 - 2020年〈令和2年〉11月12日は、日死去。本の物理学者、天文学者。勲等は勲一等。正三位。
1955年6月 - ロチェスター大学でPh.D.を取得し、シカゴ大学研究員に就任
1962年 アメリカから帰国し、東京大学原子核研究所助教授に就任
1963年 東京大学理学部物理学科助教授に就任
1967年 東京大学理学博士。論文の題は「超高エネルギー現象の統一的解釈」
1970年3月 - 東京大学理学部教授に就任
1974年 - 東京大学理学部内に高エネルギー物理学実験施設(現・東京大学素粒子物理国際研究センター(ICEPP、全学センター))を設立、施設長・センター長を務める
1979年 - 陽子崩壊の検出を主目的に岐阜県神岡鉱山跡に「カミオカンデ」の建設を開始
1983年 - 「カミオカンデ」が完成し観測を開始
1987年 - 東海大学理学部教授に就任
1996年 - 「スーパーカミオカンデ」の登場により「カミオカンデ」稼働を停止
2002年1月23日− 「カミオカンデ」稼働再開
2003年 - 平成基礎科学財団を設立し理事長に就任

参考:Wikipedia

小柴 昌俊の名言集

物事をとことんまで突き詰めていると、勘の当たりが良くなるような気がします。

やれば、できる。

運を捕まえられるかどうかは、日ごろから準備していたかどうかだ。

研究者ならば、今は駄目でもいつかは実現してやるという研究の卵を、三つか四つ考え続けよ。

自分が本当にやりたいことをみつけられたら後はもう大丈夫!

100人のうち99人がこうだと言っても、1人の方が正しいことがある。

私たちを取り巻く自然の姿は、究めれば究めるほど奥が深く、常に新たな発見と可能性の連続。その素晴らしさと醍醐味を、一人でも多くの日本の若者に体感させたい

理科離れが問題だと言うが、教える人自身が理科をおもしろいと思っていなければ、子供が興味を持つわけがない。これは他の科目でも同じです

偉い先生が言うから、それに従うなんてのは、僕はおかしいと思う。自分がこうあるべきだと思うことをやらなきゃ。

(世界で通用する研究者になるためには)自ら考えて解決策を模索する「能動的認識能力」こそが大きくものを言う

時間をかければいいってもんじゃない。本当にやろうと思ったことは頭から離れない。ずっと考えている

自分が何に向いているのか、何が好きなのか、見つけるのは優しくない。それでも何とか見つけ出さなければいけない。良くないのは、見つける努力をしないでフワフワ生きていること

親や先生がいくら「あなたが本当にやりたいことは何なの」と聞いても、本人がどんなに本を読んでも、そんなものは見つからない。いろんなことを試してみて、その中で実感を得て、自分の力で見つけていくしかない

自分の子供にああしろ、こうしろと言ったことはない。彼らが何に興味を持っているか、そばで見ていればわかりますからね

大人はせいぜい、子供が新しいことに挑戦する練習をさせてやるくらいです。子供が助けを求めてきたら助ける。そうじゃない限り、放っておく。そういう態度も必要でしょう

メモなんかしない。忘れたら忘れたで、それだけのこと。必要なことなら、また後で思いつく

絶対に、後追いの実験はしたくなかった。そして悩み、考え抜いて準備を進めたことが、大きな発見につながったと思っています

最近は子供に痛い思いをさせると言うことはあんまりしないようですね。やるといけないことだというように考えられているらしい

やりたいことが上手くいかなかったら、できることから突破口を探すこと

人生は(学校)卒業後に自分からどれだけ能動的に働きかけたかで決まる

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