西暦1800年代の偉人

【小林弥太郎】の名言集|名言まとめドットコム

引用元:NEWSポストセブン

今回は有名な「小林弥太郎」の名言をまとめてみました。聞いたことのある名言から、こんな名言あったの?といったものまで数多く紹介します!誰もが知っている偉人「小林弥太郎」の名言・名セリフには、どんなものがあるのでしょうか?

小林弥太郎とは

小林 一茶(こばやし いっさ、宝暦13年5月5日(1763年6月15日) - 文政10年11月19日(1828年1月5日))は、日本の俳人。本名は小林弥太郎、一茶とは俳号である。別号は圯橋、菊明、新羅坊、亜堂。庵号は二六庵、俳諧寺。
信濃国柏原で中農の子として生まれた。15歳の時に奉公のために江戸へ出て、やがて俳諧と出会い、「一茶調」と呼ばれる独自の俳風を確立して松尾芭蕉、与謝蕪村と並ぶ江戸時代を代表する俳諧師の一人となった。
文中の年代については、明治6年以前は何日の出来事であったか明記したものについて和暦(西暦)の形で日まで表記し、日まで表記しなかったものは和暦の年号をもとに和暦(西暦)で標示した。また明治6年の明治改暦以降についても、明治6年以前の表記と統一性を持たせるために和暦(西暦)の表記とした。また、文中の年齢は数え年で表記した。

参考:Wikipedia

小林弥太郎の名言集

これがまあつひの栖(すみか)か雪五尺

金がないから何もできないという人間は、金があっても何もできない人間である。

蟻の道雲の峰よりつづきけん

梅が香や どなたが来ても 欠け茶碗

椋鳥と人に呼ばるる寒さかな

やせ蛙 負けるな一茶 これにあり

是からも未だ幾かへりまつの花

他の富めるをうらやまず、身の貧しきを嘆かず、ただ慎むは貪欲、恐るべきは奢り。

ちぎりきな藪入り茶屋を知らせ文

づぶ濡れの 大名を見る 炬燵かな

三文が霞見にけり遠眼鏡

やれ打つな 蝿が手をすり 足をする

立つ淡の消えやすき物から、名を一茶坊といふ。

雀の子そこのけそこのけお馬が通る

このような山水に恵まれ、風情のある場所はめったにない、風情を知るものがこのようなところに住めばどんなにか心豊かに過ごせるであろうか、翻って私は、目はあっても犬同然、耳はあっても馬同然なので、せっかくの美しい風景、風情もいっこうに心に響かない、まさに『景色の罪人』です

我ときて遊べや親のない雀

蓮の花虱(しらみ)を捨るばかり也

悠然と山を見る蛙かな

父母の健やかなる顔を見ることのうれしく、めでたく、ありがたく

はだかにて生まれてきたに何不足

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