西暦1500年代の偉人

【蒲生氏郷】の名言集|名言まとめドットコム

引用元:日野町

今回は有名な「蒲生氏郷」の名言をまとめてみました。聞いたことのある名言から、こんな名言あったの?といったものまで数多く紹介します!誰もが知っている偉人「蒲生氏郷」の名言・名セリフには、どんなものがあるのでしょうか?

蒲生氏郷とは

蒲生 氏郷(がもう うじさと)は、戦国時代から安土桃山時代にかけての武将。初め近江日野城主、次に伊勢松阪城主、最後に陸奥黒川城主。

蒲生賢秀の三男(嫡男)。初名は賦秀(やすひで)[1]または教秀(のりひで)。キリシタン大名であり、洗礼名はレオン(レオ、またはレアン)。子に蒲生秀行。

参考:Wikipedia

蒲生氏郷の名言集

ある者が私の悪口を言っている奴がいると、すぐに告げ口してくれたのだ

湯加減はどうだ?

みろ。どんな人間でも責任を持たせれば、必ずその職責を果たす。ただ噂や評判だけで、その人間を決めつけてはいけない

古歌にこんな句がある。“なき名ぞと人には言いてやみなまし心の問はばなにと答えん”

それなら自分がその城を攻撃するから、あなた方は国に引き上げればよろしい。ただ天下のことを専一にお考えなされよ。

古歌に “みちのくの安達ケ原の黒塚に鬼こもれりといふのはまことか”という句がある。すなわち黒塚は昔から安達ケ原の一部と言われているのだから、黒塚は私の領土です。

隠さずに言うとは正直な男だ。見所がある。

何のなにがしの家風は和を主とし、恩を貴ぶ。そのため士の多くは柔弱である。儀礼を知る者は多いが勇猛の士は少ない。また何のなにがしの家風は凛々と締まっていて、武道の心がけが良く、強い士が多いが、儀礼を知る者は少ない。この両家にはそれぞれ欠点がある。

残念。もう一番やるぞ。

そんなことを言う人間は人間の道から外れている。お前の給与は1000石に減らす

侍の本分は、武勇のある者を召し抱え置くにある。武勇の誉れさえあったならば、立身疑いなきものである。

自分は武功の家臣を多く持っていないので、もしもの場合にこの要地を警固することには自信がない。今天下には主人の勘当をうけて浪人となっているの剛勇の者は数多くみられる。これらの面々の勘当を解くよう仰せられ、自分に召し抱えを許されるならば、会津を充分に守護しよう。それなくしては拝領のことは辞退するのほかはない

銀の鯰尾の兜をかぶり、先陣するものがいれば、そいつに負けぬように働け

商人などこそ利銭や利潤を第一に考えるのであるが、侍たる者は利銭や利潤などを心にかけてはならぬ。

夜に番をしていると眠くなってしまう。博打を打てば気力がついて眠くならない

富士見ヌカ富士ニハ似ヌソ松坂ノ慮斎カ庭ノスリコキカ嶽

たとえ、大領であっても、奥羽のような田舎であっては本望を遂げる事はできぬ。小身であっても都に近ければこそ天下をうかがえることができるのだ。

見事じゃ。わしの力はおぬしには到底及ばぬ。

政宗が一揆を扇動している

かぎりあれば 吹ねど花は 散るものを 心みじかの 春の山風

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