西暦1900年代の偉人

【金子 みすゞ 】の名言集|名言まとめドットコム

引用元:BUSHOO!JAPAN(武将ジャパン)

今回は有名な「金子 みすゞ」の名言をまとめてみました。聞いたことのある名言から、こんな名言あったの?といったものまで数多く紹介します!誰もが知っている偉人「金子 みすゞ」の名言・名セリフには、どんなものがあるのでしょうか?

金子 みすゞとは

金子 みすゞ(かねこ みすず、1903年(明治36年)4月11日 - 1930年(昭和5年)3月10日)は、大正時代末期から昭和時代初期にかけて活躍した日本の童謡詩人。本名、金子 テル(かねこ テル)。

大正末期から昭和初期にかけて、26歳で死去するまでに500余編もの詩を綴り、そのうち100あまりの詩が雑誌に掲載された[要検証 – ノート]とされる。1923年(大正12年)9月に『童話』『婦人倶楽部』『婦人画報』『金の星』の4誌に一斉に詩が掲載され、西條八十からは「若き童謡詩人の中の巨星」と賞賛された詩人。

参考:Wikipedia

金子 みすゞの名言集

私が両手をひろげても、お空はちっとも飛べないが、飛べる小鳥は私のように、地面をはやくは走れない。わたしがからだをゆすっても、きれいな音はでないけど、あの鳴るすずはわたしのように、たくさんなうたは知らないよ。すずと、小鳥と、それからわたし、みんなちがって、みんないい。

お花が散って実が熟れて、その実が落ちて葉が落ちて、それから芽が出て花が咲く。そうして何べんまわったら、この木は御用がすむかし。

青いお空のそこふかく、海の小石のそのように、夜がくるまでしずんでる、昼のお星はめにみえぬ。見えぬけれどもあるんだよ、見えぬものでもあるんだよ。ちってすがれたたんぽぽの、かわらのすきに、だァまって、春のくるまでかくれてる、つよいその根はめにみえぬ。見えぬけれどもあるんだよ、見えぬものでもあるんだよ。

海の魚はかわいそう。お米は人につくられる、牛はまき場でかわれている、こいもお池でふをもらう。けれども海のお魚はなんにも世話にならないしいたずら一つしないのにこうしてわたしに食べられる。ほんとに魚はかわいそう。

朝やけ小やけだ大漁だ大ばいわしの大漁だ。浜はまつりのようだけど海のなかでは何万のいわしのとむらいするだろう。

かあさん知らぬ草の子を、なん千万の草の子を、土はひとりで育てます。草があおあおしげったら、土はかくれてしまうのに。

人の知っている草の名は、わたしはちっとも知らないの。人の知らない草の名を、わたしはいくつも知ってるの。それはわたしがつけたのよ、すきな草にはすきな名を。人の知っている草の名も、どうせだれかがつけたのよ。ほんとの名まえを知ってるは、空のお日さまばかりなの。だからわたしはよんでるの、わたしばかりでよんでるの。

名はしば草というけれど、その名をよんだことはない。それはほんとにつまらない、みじかいくせに、そこらじゅう、みちの上まではみ出して、力いっぱいりきんでも、とてもぬけない、強い草。げんげはあかい花がさく、すみれは葉までやさしいよ。かんざし草はかんざしに、京びななんかは笛になる。けれどももしか原っぱが、そんな草たちばかしなら、あそびつかれたわたしらは、どこへこしかけ、どこへねよう。青い、じょうぶな、やわらかな、たのしいねどこよ、しば草よ。

「遊ぼう」っていうと 「遊ぼう」っていう。「ばか」っていうと 「ばか」っていう。「もう遊ばない」っていうと 「遊ばない」っていう。そうして、あとで さみしくなって、「ごめんね」っていうと 「ごめんね」っていう。 こだまでしょうか、 いいえ、誰でも。

こッつん こッつんぶたれる土はよい畑になってよい麦生むよ。朝から晩までふまれる土はよい道になって車を通すよ。ぶたれぬ土はふまれぬ土はいらない土か。いえいえそれは名のない草のお宿をするよ。

かいこはまゆにはいります、きゅうくつそうなあのまゆに。けれどかいこはうれしかろ、ちょうちょになってとべるのよ。人はおはかへはいります、暗いさみしいあのはかへ。そしていい子ははねがはえ、天使になってとべるのよ。

上の雪さむかろな。つめたい月がさしていて。下の雪重かろな。何百人ものせていて。中の雪さみしかろな。空も地面(じべた)もみえないで。

すずめがなくな、いいひよりだな、うっとり、うっとりねむいな。上のまぶたはあこうか、下のまぶたはまァだよ、うっとり、うっとりねむいな。

明るい方へ 明るい方へ一つの葉でも 陽のもるとこへやぶかげの草は。明るい方へ 明るい方へはねはこげよと 灯のあるとこへ夜とぶ虫は。明るい方へ 明るい方へ一分もひろく 日のさすとこへ都会(まち)に住む子らは。

うちのだりあのさいた日に、 酒屋のクロは死にました。おもてであそぶわたしらを、 いつでも、おこるおばさんが、おろおろないておりました。その日、学校(がっこ)でそのことを、おもしろそうに 話してて、ふっとさみしくなりました。

げんげのあぜみち、春がすみ、むこうにあの子が立っていた。あの子はげんげを持っていた、わたしも、げんげをつんでいた。あの子がわらう、と、気がつけば、わたしも知らずにわらってた。げんげのあぜみち、春がすみ、ピイチクひばりがないていた。

わたしはすきになりたいな、何でもかんでもみいんな。ねぎも、トマトも、おさかなも、のこらずすきになりたいな。うちのおかずは、みいんな、かあさまがおつくりになったもの。わたしはすきになりたいな、だれでもかれでもみいんな。お医者さんでも、からすでも、のこらずすきになりたいな。世界のものはみィんな、神さまがおつくりになったもの。

わらびみたよな雲が出て、空には春がきましたよ。ひとりで青空みていたら、ひとりで足ぶみしましたよ。ひとりで足ぶみしていたら、ひとりでわらえてきましたよ。ひとりでわらってしていたら、だれかがわらってきましたよ。からたちかきねが芽をふいて、小みちにも春がきましたよ。

ふうせん持った子がそばにいて、わたしが持っているようでした。ぴい、とどこぞでふえがなる、まつりのあとのうらどおり、あかいふうせん、昼の月、春のお空にありました。ふうせん持った子が行っちゃって、すこしさみしくなりました。

土がくろくて、ぬれていて、はだしの足がきれいだな。名まえも知らぬねえさんが、はなおはすげてくれたけど。

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