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【辛坊 治郎】の名言集|名言まとめドットコム

引用元:shinbojiro

今回は有名な「辛坊 治郎」の名言をまとめてみました。聞いたことのある名言から、こんな名言あったの?といったものまで数多く紹介します!誰もが知っている有名人「辛坊 治郎」の名言・名セリフには、どんなものがあるのでしょうか?

辛坊 治郎とは

1956年4月11日、鳥取県米子市生まれ。元ニュースキャスター、シンクタンク経営者、YouTuber。元読売テレビアナウンサー、報道局局長待遇解説委員長。
1980年3月、早大卒業後の同年4月、読売テレビにアナウンサー職として入社。
1997年人事にて、編成局アナウンス部から報道局報道部に異動。
2009年10月1日付人事にて、先輩である岩田公雄の定年に伴い、報道局解説委員長に就任。
同局退職以後は、前述の様に結果的にフリーとして古巣である読売テレビ以外の放送局の番組にもゲスト出演を行っており、2012年4月から古巣の読売テレビがラテ兼業で無かったため、初めて首都圏の放送局でのレギュラーかつラジオの初レギュラー番組である『辛坊治郎ズーム そこまで言うか!』のパーソナリティに就任。
2021年1月9日に読売テレビも辛坊の意向を汲み、『ウェークアップ!ぷらす』の降板と『そこまで言って委員会NP』の再降板を発表。

参考:Wikipedia

辛坊 治郎の名言集

どうしても現場を自分の目で見なければ分からないときには実際に行きます

一生は旅

テレビの時代はいつまで続くのかと考えるようになった

私、テレビの改編に卒業って言葉を使うのは嫌いです。客観的な日本語としては降板、主観的に言うなら引退ですね

(2013年のヨット横断で海上自衛隊に救出された際)こんな言い方がいいかどうかわかりませんけど、この国の国民であって良かったなと思いました

人は真実を信じるのではなく、信じたいものを信じる

自分の為にどこまで時間を使えるかっていうのが一生の中で一つの勝負どころだと思う

家の中でずっと座っているだけでは、面白いことって起こりようもない

振り返ると「なんか面白いことない?」のずっとその一点を追いながらここまで来てしまって…

どう計算しても厚生労働省が約束している年金が30年後、今の若い人達に払われる可能性はゼロです。絶対にありません

ニュースを分かりやすく作るのは当たり前なんだけれど、皆がそろって錯覚していることもある

学生時代は何となく時間を過ごしていて、何をしたらいいのか分からない、結局人生に迷っていた時代

機会が自分のところに来た時に、チャンスに乗れるかどうかの、最低限の準備は要る

人生ってどう転ぶか分からないよね。だから決めてかからない方がいい

(2013年のヨット太平洋横断以降)生きているのではなく生かせてもらっている

本当に情報を一つひとつ欲しがっているという人達に確実に情報を届けるツールとしては、(テレビより)ネットのほうが有効かもしれない

当時(早稲田大学時代)はマージャンのメンツ集めのためだけに大学に行ってたようなもの

(2013年のヨット太平洋横断の際)漂流の際に持ち出せたのは、SDカードと緊急持ち出し袋だけ。ただ、持ち出し袋の中に非常用食料と衛星携帯電話とGPS、航空無線とバッテリーがフルチャージで入っていたんです。何もかもが奇跡。ひとつでも歯車が違っていれば確実に死んでいました

(2013年のヨット太平洋横断の際)全盲の乗組員を見捨ててひとりで生き残るなら、二人で死んだほうがマシだと思った

テレビというツールは便利なようでいて、ものすごい不便

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