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【荒木 飛呂彦】の名言集|名言まとめドットコム

引用元:ジョジョの奇妙な冒険 Wiki

今回は有名な「荒木 飛呂彦」の名言をまとめてみました。聞いたことのある名言から、こんな名言あったの?といったものまで数多く紹介します!誰もが知っている有名人「荒木 飛呂彦」の名言・名セリフには、どんなものがあるのでしょうか?

荒木 飛呂彦とは

1960年6月7日、宮城県仙台市若林区出身。日本の漫画家。
16歳の時に同い年のゆでたまごが『週刊少年ジャンプ』でデビューしたことに焦りを感じ、高校3年の時に初投稿、以後何度か投稿を重ね、専門学校在学中の1980年(昭和55年)に「武装ポーカー」で第20回手塚賞に準入選しデビュー。
デビュー後は仙台在住のまま『週刊少年ジャンプ』で『魔少年ビーティー』を執筆していた。上京後は『バオー来訪者』の短期連載を経て、1987年(昭和62年)より『ジョジョの奇妙な冒険』の連載を開始し、2003年(平成15年)までに6部の物語を執筆する長期連載となった。2004年(平成16年)に同誌にて『ジョジョ』のPart7にあたる『スティール・ボール・ラン』の連載を開始し、連載途中の2005年(平成17年)より月刊誌『ウルトラジャンプ』に移籍。『ジョジョ』シリーズは2010年(平成22年)には通算100巻を達成、2011年(平成22年)に『スティール・ボール・ラン』を完結させた後、同年『ジョジョ』のPart8である『ジョジョリオン』の連載を開始し、2021年まで連載した。

参考:Wikipedia

荒木 飛呂彦の名言集

この仕事にかぎらず、「いつまでも新人のような気持ちでいる」そう思うことが大切なような気がします。新人は出会うもの全て新鮮で先輩を尊敬し、目標に向かって突き進んでいけばいい。実に理想的精神状態です。

人間とは、自分より年下の人をなかなか尊敬できないものです。もし総理大臣が20代の若造だったら、その人がどんなに優秀でも国民はバカにするでしょう。

なにはともあれ、想像力を刺激されるのって楽しいなと思ったのでした。

「JOJO」に関わった人は数知れず。 でも、全員に友情と尊敬の念を忘れてはいけないと思うのです。深い感謝です。

だれもが、お金や物質的な利益を求めているのは危険だと思う。もっと精神的な豊かさが必要だ!

理科系は人間を必ずしも幸せにはしていないなという意見があるからです。

(若さを保つ秘訣について)東京都の水道水で毎日顔を洗ってるくらいです

そして生命ひとりひとりはとても大切なものだが、これがもし「人口100億人の国」がこの地球上に出来上がったら。う~む、相当恐い。

最近良く考える事は「数字」について。 たとえば「お金の数字」。

股関節痛めたり、すりムイたり、死んだり、だいたい人格疑われるので、登ったら軽く見下されます。登れる木を求めて地方まで旅に出なくちゃいけないし、でも、自然と一体になるという深い哲学が体で学べて良いのよ。

僕は年上の人から「やるな」と言われたことは、ちょっとやりたいタイプなんですね。「あそこに行くな」と言われたら、行きたいタイプなんですよ。

僕は「ファッション=キャラクターの心」と考えていて、それを表すように描いているんです。

これは野球の素振りにも通事るんじゃないかと思います。ホームランだって、急に打てるようになるものではないですから。そういった表だっては出てこない努力の積み重ねが自信につながっていくんだと思います。

自分に自信を持つために修行するんです。私はいまでも何十、何百タッチと、毎日たくさん描いています。だからこそ、あまりペンを握ったことがない人では絶対描けない線を引けるようになるんです。

普通だったらこのストーリーだと幼稚だな、というものでも売れちゃうんです。

話が面白くなくても、画がうまいとそれでプロとして成り立ったりするんですね。

ガクランにビニール傘をさす、っていうのがまた 格好いいんですよね。 もう、男の美学としてのマンガの黄金方程式というか。

考えると『無限』に答えがでなくなってしまう。ちなみに「絵」は、自分の「心」が終わりとした時が完成。自分勝手だと思う。

仮に「恋人」が穴の底に落ちている設定があって、そこに「嫌いな友人」を身代わりに突き落とすと、その『恋人』は命が助かるという状況があったとしたなら、もし、あなたならどうしますか?

「絵」を描くという作業は『無限』である。どこで終わっていいのか、一枚をずーっと描いてられる。

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