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【村上 龍】の名言集|名言まとめドットコム

引用元:新潮社

今回は有名な「村上 龍」の名言をまとめてみました。聞いたことのある名言から、こんな名言あったの?といったものまで数多く紹介します!誰もが知っている有名人「村上 龍」の名言・名セリフには、どんなものがあるのでしょうか?

村上 龍とは

村上龍は1952年2月、アメリカ海軍基地の街である長崎県佐世保市に生まれる。
1972年、武蔵野美術大学に入学する。この頃より、福生での体験を元に小説を書き始める。
1976年、アメリカ軍基地の町・福生で麻薬と乱交に明け暮れる若者の姿を描いた『限りなく透明に近いブルー』で第19回群像新人文学賞、第75回芥川龍之介賞を受賞し、デビューする。
1980年、コインロッカーに遺棄されて孤児院で育った二人の青年の破壊衝動を描いた近未来小説『コインロッカー・ベイビーズ』を書き下ろしで発表して第3回野間文芸新人賞を受賞する。
1985年刊行の『EV.Cafe 超進化論』では、友人のミュージシャン坂本龍一とともにホスト役を務めて、当時の知の最前線にいる学者・批評家(吉本隆明、河合雅雄、浅田彰、柄谷行人、蓮實重彦、山口昌男)を招いての鼎談を行い、大きな知的刺激を受ける。
1994年、太平洋戦争末期に本土決戦を行い、その後分断統治されることになったパラレル・ワールドの日本を描いた『五分後の世界』を書き下ろしで刊行する。本作は第30回谷崎潤一郎賞候補となるなど高い評価を受けた。
2011年には未来の日本の管理社会のディストピアを描いた『歌うクジラ』で第52回毎日芸術賞を受賞した。

参考:Wikipedia

村上 龍の名言集

NHKは、「紅白歌合戦」という旧態依然としたイベントを続けることで、「変化など必要ない」というメッセージを毎年送り続けていることに気づいていないようです

何かを強制されている個人や集団を見ると、ただそれだけで、不快になるのだ

自立心だ。自分自身を頼りにする気持ちだ。自分以外の物事に必要以上に影響されないことだ

自分を許せない時期は辛いが、その果てにしか素敵な笑顔はないのだ

自分が全力で取り組める一生の仕事を持っているかどうか。人生はその一点にかかっている

才能とは危機感に支えられた意志

自分が認める勇気がない時に他人から真実を指摘されると、動揺するものだ。動揺の度合いが強ければ強いほどその指摘にはリアリティがある

表現の受け手の想像力とどう向かい合うか、という緊張感が欠けると、作品はどこまでも堕落します

関係性が生まれれば、どういう形にせよ、傷は発生する。そして、その傷から自由になろうと決めて努力する場合に限り、傷は何らかの意味を持つのだ

この世には経済を支える人と、それを受けて享楽に耽る人がいる

まず、何のために努力をすればいいのかを分かった人、あるいは努力の対象を見つけられた人、こういう人たちが成功者へのスタート台に立つんじゃないでしょうか

ダメな女とは、仲間を欲しがる女である

みんなの共通の目的は金しかねえが、誰も何を買えばいいのか知らねえのさ、だからみんなが買うものを買う、みんなが欲しがるものを欲しがる、大人達がそうだから子供や若い連中は半分以上が気が狂っちまってる

私の両親は東京より西にある九州にいるが、私はそこに避難するつもりはない。家族や友人、被災した人々とここに残りたい。残って、彼らを勇気づけたい。彼らが私に勇気をくれているように

優しい男を信用してはいけない、必ず優しくなくなる時がくるからだ

「仲良くしなくてはいけない」というプレッシャーがこの国ではすごい

オープンにされた反省はすでに敗北

真剣なことを話す時に泣いてしまうような奴は嫌いだ。泣くのは自分に酔ってるからだ。何でも許されると甘えているからだ

永遠に挑戦者であることは出来ない。 しかし、挑戦者の感覚を持続できない奴は前に進めない

倒れまいとして次々に足を前に出す、それが走るということだ、最初に二本足で立ち上がったサルはきっと全力で走ったんだ

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