西暦1900年代の偉人

【吉川英治】の名言集|名言まとめドットコム

引用元:吉川英治記念館

今回は有名な「吉川英治」の名言をまとめてみました。聞いたことのある名言から、こんな名言あったの?といったものまで数多く紹介します!誰もが知っている偉人「吉川英治」の名言・名セリフには、どんなものがあるのでしょうか?

吉川英治とは

吉川 英治(よしかわ えいじ、1892年〈明治25年〉8月11日 - 1962年〈昭和37年〉9月7日)は、日本の小説家。本名:吉川 英次(よしかわ ひでつぐ)。現在の神奈川県横浜市中区出身。

様々な職についたのち作家活動に入り、『鳴門秘帖』などで人気作家となる。1935年(昭和10年)より連載が始まった『宮本武蔵』は多くの読者を獲得し、大衆小説の代表的な作品となった。戦後は『新・平家物語』、『私本太平記』などの大作を執筆。幅広い読者層に親しまれ「国民文学作家」と呼ばれた。宝塚市千種の地名の名付け親。

参考:Wikipedia

吉川英治の名言集

逆境を転じて、その逆境をさえ、前進の一歩に加えて行く。

英雄もただ英雄たるばかりでは何もできない。覇業を成す者は、常に三つのものに恵まれているという。天の時と、地の利と、人である。

あたたかい心で人のなかに住め。人のあたたかさは、自分の心があたたかでいなければ分かる筈もない。

あれになろう、これになろうと焦るより、富士のように、黙って、自分を動かないものに作り上げろ。世間に媚びずに世間から仰がれるようになれば、自然と自分の値うちは世の人がきめてくれる

今日、民衆の中に何が一番欠けているか。自分を信じ、人を信じ、自分の仕事を信じ、自分の今日の生活を信じていくというような信念が非常に弱いと思う。

どの青年もおしなべて情熱との戦いを繰り返しながら成長して行くのに、君は不幸だ。早くから美しいものを見すぎ、美味しいものを食べすぎているということは、こんな不幸はない。喜びを喜びとして感じる感受性が薄れていくということは、青年として気の毒なことだ。

登山の目標は山頂と決まっている。しかし、人生の面白さはその山頂にはなく、かえって逆境の、山の中腹にある

武将の大事な資格のひとつは、果断に富むことである。その果断は、するどい直感力があってこそ生まれる。

笑う世間の方がおかしい

晴れた日は晴れを愛し、雨の日は雨を愛す。楽しみあるところに楽しみ、楽しみなきところに楽しむ。

いくら年をとり、知識を積んでも、人間には、人間本来の迷いの火ダネが、白骨になるまでは、なくならないものらしい。

百計も尽きたときに、苦悩の果てが一計を生む。人生、いつの場合も同じである

たとえ、いかなる逆境、悲運にあおうとも、希望だけは失ってはならぬ。「朝の来ない夜はない」のだから。

このお盆に生きている全部の人間は、単に今年度の生き残り分にすぎない。

真に生命を愛する者こそ、真の勇者である

自分といえる自分などが、どこにあろう。ないはずのものを、あなたは、つかもうとしておいでられる

金のブルジョアがあるならば、時間のブルジョアという名もあっていい。

転機は、運命と自己との飽和された合作でなければならない。転機はいつも、より生きんとする、若い希望の前にのみある。

会う人、出会うもの、すべて我が師なり。

人と人との応接は、要するに鏡のようなものである。驕慢は驕慢を映し、謙遜は謙遜を映す。人の無礼に怒るのは、自分の反映へ怒っているようなものといえよう。

次のページへ >

スポンサーリンク

-西暦1900年代の偉人

© 2022 名言まとめドットコム