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【鈴木 敏夫】の名言集|名言まとめドットコム

引用元:映画.com

今回は有名な「鈴木 敏夫」の名言をまとめてみました。聞いたことのある名言から、こんな名言あったの?といったものまで数多く紹介します!誰もが知っている有名人「鈴木 敏夫」の名言・名セリフには、どんなものがあるのでしょうか?

鈴木 敏夫とは

1948年8月19日、愛知県名古屋市にて生まれる。日本の映画プロデューサー、編集者。株式会社スタジオジブリ代表取締役、公益財団法人徳間記念アニメーション文化財団副理事長。
1989年10月にスタジオジブリへ移籍して以降は、同スタジオ全作品の映画プロデューサーを務めている。移籍した当時、『天空の城ラピュタ』、『となりのトトロ』・『火垂るの墓』等の興行成績は振るわず、『魔女の宅急便』が最後だと言われる状況であった。そこで、日本テレビと提携することで、『魔女の宅急便』をヒットさせ、後のスタジオジブリ作品の興行的成功とブランド確立につなげた。メイキングビデオ『もののけ姫はこうして生まれた。』では、爆発的なヒットを仕掛けた宣伝プロデューサーとしての一面が収められている。
1997年、スタジオジブリが徳間書店に吸収合併され、社内カンパニーとして発足した「スタジオジブリ・カンパニー」のプレジデントに就任した。
1999年、同書店が事業本部制を導入し、「スタジオジブリ事業本部」が設立されると、本部長に就任した。
2005年、スタジオジブリが徳間書店から再独立した際には、代表取締役社長に就任した。
2008年2月1日付でスタジオジブリ代表取締役社長を退任し(後任は星野康二)、以降は代表取締役を務めている。

参考:Wikipedia

鈴木 敏夫の名言集

仕事を忘れたとき、いい仕事ができる

机に向かって難しい顔をしている奴は、仕事はできない

朝起きたら、今日やることを一生懸命やれ。そのためには飯食っている時も、寝ている時も、友達と遊んでいる時も、すべて仕事と結びつくと思えば、日々の仕事も楽しくなるから、全部ひっくるめて日々を仕事と分け隔てするな

忙しかったもんだから、結局目の前のことをコツコツやらないとしょうがない。 それによって自分はどこに行くかはわからないけど、開ける未来はある…

人のこと考えていると、深刻の問題が起こってもあまり疲れないんですよ。自分ことばっかり考えていると多分疲れる。

自分が何に向いているかなんていくら考えたってわからなかった。やりたいことなんて全くなかったもの。人に言われるがままですよ。

自分より優れた才能を持った人がいて、そしてその才能を世間に出したいと思った。だって、ほっといたらその才能は埋もれちゃうわけじゃない? ぼくは、せっかくそういう才能の人がいるんだから、世に出して、世に問いたかった。

人は人との関係で何かをやると思っている。

宮崎駿を世に出す。それが面白くなる人生だと思いました。

仕事をする仲間との相性が非常に大事だと思いますね。会社じゃないですよ。働く人間に誰を選ぶかです。それは映画の協賛企業についても同じことです

僕は円満じゃないというか、やっぱりダメなものはダメ、イイものはイイと言いたくなる。

有能な人ほど、時間とお金を使うのが得意。無能だとね、お金を使わないんですよ。

僕なんか本当は、物静かに生きていきたいと思っているタイプですよ。だから取材される立場になるのは、正直しんどい。

「イノセンス」と「ハウル」にかかわって、両方の映像を見ていると面白いんですね。演技は違うし、テーマへのアプローチの方法も違うが、いずれも根っこは「これから人間はどう生きるべきか」ということなんです。

お客に来てもらうために必死のサービスをする。そのストレスは想像を絶する。内容的にいくら成功しても、興行がだめだと作品の評価までだめになっちゃいますから。

作品のテーマは、作りながら見えてくるのだ。だから日本では、別途、脚本家を立てて物語を発注しても、それはおおむね役に立たない。

ぼくは、自分のわからないときに相槌など簡単に打つものじゃないと思う。相槌を打つには、もとになる教養が必要、ベースが必要、データが必要です。

高畑さんに聞いたことがあります。「プロデューサーでいちばん大事なことは何ですか?」。高畑さんの答えは明快でした。「それは簡単です。監督の味方になることです」。

終わったものは終わったものであり、いま動いているこの瞬間が大事である。

やってきたことを覚えていようと思わない。というより、忘れてしまったほうがいいと思っていて、ときには忘れる努力さえする。「まっさらな状態に自分をおくと次がうまくいく」というのが、自分のなかで公式としてあります。

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