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【光浦 靖子】の名言集|名言まとめドットコム

引用元:yasukomitsuura

今回は有名な「光浦 靖子」の名言をまとめてみました。聞いたことのある名言から、こんな名言あったの?といったものまで数多く紹介します!誰もが知っている有名人「光浦 靖子」の名言・名セリフには、どんなものがあるのでしょうか?

光浦 靖子とは

1971年〈昭和46年〉5月20日生まれ、愛知県渥美郡田原町(現・田原市)出身。日本のお笑いタレント。愛知県渥美郡田原町(現・田原市)出身。お笑いコンビ・オアシズのボケ担当。相方は大久保佳代子。
1990年、小中高同じ学校に通った大久保と早稲田大学のお笑いサークル「早稲田寄席演芸研究会」でコンビ「オアシズ」を結成し、1992年メジャーデビューを果たす。以降、毒舌系キャラとして地位を確立。「めちゃイケ」では、大のプロレスファンだった事から始まった企画『めちゃ女日本プロレス』の選手として出場し、光浦の代名詞にもなった。
2005年に日本テレビ系列の『プリティガレッジ』内のコーナー「資格家の人々」にて、なまはげ伝道士の資格を取得。
2007年7月20日に脳動脈瘤の処置を行うため、入院。瘤(こぶ)は頭部表面の血管で発見され、緊急的なものではなく予防的な手術だった。8月23日、文化放送『大竹まこと ゴールデンラジオ!』にて復帰。

参考:Wikipedia

光浦 靖子の名言集

頑張っても頑張っても直せないもの、それが個性

自分を肯定して働ける場所を作れたらいい

彼氏と相撲したらノリが分かる。女の子扱いしてあしらうのではなく、いい感じにガチで相撲してくれる人がいい

今日できることは大体明日もできる

他人から拒絶される事が怖くて自分からはなかなか話しかけられない。だから自分から近づくより他人から寄ってきてもらえる人になりたいの

外見のイメージのまんまの人って面白くない。外見と内面にギャップがある人って何か魅力的なんだ

男なんて太もも触ったらすぐ好きになるんだよ

王子様が来るまで貯金していく、良い事じゃないですか。あんた達みたいにその辺の男にチョイチョイ貢いでどうするんですか。王子様にドカンとあげなさいよ

自分の好きな仕事をやるだけでは虚しい

シングルでよかったなあと感じます。もしものことがあっても、誰にも迷惑をかけない。悲しんでくれる人はいたとしても、路頭に迷う人はいない。こんなに気楽で自由なことはない

私は、この世界の物差ししか持ってなくて、仕事がない=価値がない、としか思えなくなってしまいました。自分に満足するもしないも、他人からの評価でしか決められない。このままいくと、私はいつか、壊れるな。どうにかしなきゃ。

いつも人の目を気にしています。みんなができることができなくて、できないことがバレるのが恥ずかしいから、「元々、人と同じは嫌いなの」風を装っていました。自由奔放に生きるなんて私から最も遠いことです。

もうすぐ50歳、もう考え方を変えられるほど柔軟じゃない。だったら、ひん曲がったなりにナチュラルに生きてみよう

「逃げ」と「新しい挑戦」の線引きなんて曖昧なもんだ

仕事も友人も住む場所も、「世界はここだけじゃない」を知ったら、どれだけ強くなれるんだろう。私はそれを知りたいのです。

英語から逃げた分岐点に戻って、もう一つの人生も回収したいんです。

リアル緊急事態なはずなのに、不思議と心は穏やかです。コロナで今は生殺し状態なのに、行動を起こさなくても、決心するだけで心境は変化するようです。相変わらず、金のかからない女です。

人に強制されなくてもやりたいと思うことが趣味

35歳くらいまでは、モテないことはタレントとしての自分の武器だと考えていた

私が一時期結婚したかったのは、仕事が減ったことへの「逃げ」でもあったから。自分でもずるいと思うんですけど、世間が納得してくれて、自分も納得できる仕事の辞め方は、“寿退社”しかなかった

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