西暦1900年代の偉人

【寺山 修司】の名言集|名言まとめドットコム

引用元:NHK人物録

今回は有名な「寺山 修司」の名言をまとめてみました。聞いたことのある名言から、こんな名言あったの?といったものまで数多く紹介します!誰もが知っている偉人「寺山 修司」の名言・名セリフには、どんなものがあるのでしょうか?

寺山 修司とは

寺山 修司(てらやま しゅうじ、1935年(昭和10年)12月10日 - 1983年(昭和58年)5月4日)は、日本の歌人、劇作家。演劇実験室「天井桟敷」主宰。「言葉の錬金術師」「アングラ演劇四天王のひとり」「昭和の啄木」などの異名をとり、上記の他にもマルチに活動、膨大な量の文芸作品を発表した。競馬への造詣も深く、競走馬の馬主になるほどであった。

参考:Wikipedia

寺山 修司の名言集

だれだ、あくびをしたのは。まだすることは一杯あるんだ

人生には、答えは無数にある しかし 質問はたった一度しかできない

人は誰でも、実際に起こらなかったことを思い出にすることもできるものなのです

ほらほら、星がでている。でているけど、屋根があるから、ここからは見えない。 だが、見えない星も人生のうちなんだ。 見えるものばかり信じていたら、いつかは虚無におちるだろう。

卑怯者ってのはね、きみが何をしたか、ってことじゃなく、きみが何を後悔してるかってことで決まるんだよ

言いたいことは暗黒星雲アンドロメダほどもある。そしてまた、言いたいと思って口に出した言葉が音になったとたんに、易く私を裏切ってしまうような気さえするのである。だから残念ながら、私には「名言」はない。私は、ただ時速一〇〇キロでしゃべりまくるだけである。

先生と生徒の関係というのは、有識と無識という階級関係によっては成り立たない

一本の樹のなかにも流れている血がある樹のなかでは血は立ったまま眠っている

一つのことを信じることは、別のことを裏切るということだ。信じるというのは、残酷なことなのだ

私には、忘れてしまったものが一杯ある。だが、私はそれらを「捨てて来た」のでは決してない。忘れることもまた、愛することだという気がするのである

鳥人の理想はあくまでも飛ぶことにあるのであって、飛ぶことによって何かを為すことにあるのではない

死を抱え込まない人生に、どんな真剣さがあるだろう

悪口の中においては、常に言われている方が主役であり、言っている方が脇役であるという宿命がある

振り向くな、振り向くな。後には夢がない。

私は必ずしも「競馬は人生の比喩だ」とは思っていない。その逆に「人生が競馬の比喩だ」と思っているのである

不幸な物語のあとには、かならず幸福な人生が出番をまっています

わたしの存在そのものが質問なのだ。 その答えを知りたくて生きてるんだ

愛されることには失敗したけど愛することなら、うまくゆくかも知れない。そう、きっと素晴らしい泡になれるでしょう

あしたはきっとなにかある。あしたはどっちだ

つまらない書物というのはないが、つまらない読書というのはある。どんな書物でも それを経験から知識にしてゆくのは読者の仕事であって、書物のせいなどではないからである。

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