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【八千草 薫】の名言集|名言まとめドットコム

私は父を早くに亡くし、「父親」というのがどういう存在なのかを知らずに育っています。主人から「君は父親と結婚したつもりでいるんじゃないか」と、からかわれていましたね。

主人は天真爛漫で話好き、おおらかでユーモアのある人間でした。まるで小さな子供みたいに、無邪気な一面もありました。

映画やドラマなどの作品作りには、驚くほど多くの方が携わっていらっしゃいます。途中で何かあれば大勢の方に迷惑がかかってしまう。そこまでして、女優という仕事をしていたくはないのです。

長い結婚生活の中で喧嘩をしたことはほとんどありませんでした。私たちは好きなもの、面白いと思うことの価値観があい、主人といる時の私はすごくリラックスした状態になれていました。どこか似たもの同士で、ウマがあった、ということなのかもしれません。

病院の先生は「もう何時間も持たない」とおっしゃるのだけど、ロケを休むことはできません。深い眠りに入っている主人にそっと「さようなら」とお別れの挨拶をしました。

今でもふとした時に寂しさはやってきます。でも、その感情を否定することなく、寂しさと上手く寄り添いながら生きています。

主人は「何だか分からないけれど面白いもの」を見つけて持ち帰るのが趣味のような人でした。だから、家には変てこなものがたくさん置いてある。豚の貯金箱。巨大なマツボックリ。きのこの形をした物入れ。ヒマラヤで拾った石ころ。他にも、犬、猫、鳥、羊……様々な動物の置物がずらっと並んでいます。

物語を通して、私はお姫様になったり、冒険家になったりと、空想の世界に浸っていました。そうやって夢のような世界への憧れが芽生えていったのです。「こんな世界で生きていけたらな」それが女優を目指すきっかけとなったのではないでしょうか。

私はものが捨てられない性質で、「断捨離」という言葉が苦手です。ものを捨てるというのは、それにまつわる「思い出」も捨てるということ。自分の身を切られる感覚があるのです。だから私は今もたくさんの「思い出」に囲まれて生活を続けています。

主人がいなくなっても、私の周りには、彼との「思い出」がたくさん残っています。

まとめ

今回は「八千草 薫」の名言・名セリフ集をご紹介しました。

お気に入りの名言や心に響く名言は見る人によって変わります。

「八千草 薫」の名言には、今回ご紹介していないものの中にも、まだまだ名言と呼ばれるものが数多く存在するでしょう。

ぜひ自分のお気に入りの名言を見つけてみてください。

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