偉人 吉田茂

【吉田茂】の名言集|名言まとめドットコム

今回は有名な「吉田茂」の名言をまとめてみました。聞いたことのある名言から、こんな名言あったの?といったものまで数多く紹介します!誰もが知っている偉人「吉田茂」の名言・名セリフには、どんなものがあるのでしょうか?

吉田茂とは

吉田 茂(よしだ しげる、1878年〈明治11年〉9月22日 - 1967年〈昭和42年〉10月20日)は、日本の外交官、政治家。位階は従一位。勲等は大勲位。

外務大臣(第73・74・75・78・79代)、貴族院議員(勅選議員)、内閣総理大臣(第45・48・49・50・51代)、第一復員大臣(第2代)、第二復員大臣(第2代)、農林大臣(第5代)、衆議院議員(当選7回)、皇學館大学総長(初代)、学校法人二松学舎舎長(第5代)などを歴任した。

参考:Wikipedia

吉田茂の名言集

大志を抱けば、天下何ものか恐るるにたらず。

忍耐がどんな難問にも、解決策になる。

三千年、いや四千年生きたい、しかし人は死ぬ。しかし国は生き続ける。

君達は自衛隊在職中、決して国民から感謝されたり、歓迎されることなく自衛隊を終わるかもしれない。

負けっぷりは立派にしようというのが、私の総司令部に対する一貫した考え方だったのである。

地下資源に恵まれない日本が繁栄するには、まず自分の国を愛する愛国心を失ってはいけない。それには世界諸国の理解を深め、仲良くお付き合いする国際心が無ければならない。

もし日本の統計が正確だったらむちゃな戦争などいたしません。また統計どおりだったら日本の勝ち戦だったはずです。

きっと非難とか叱咤ばかりの一生かもしれない。御苦労だと思う。

今に立ち直る。必ず日本は立ち直る。

自衛隊が国民から歓迎されちやほやされる事態とは、外国から攻撃されて国家存亡の時とか、災害派遣の時とか、国民が困窮し国家が混乱に直面している時だけなのだ。

忙しいと疲れたは、自慢にならん。

明治維新当時の先輩政治家たちは、国歩艱難裡に国政に当り、よく興国の大業を成し遂げたのであるが、その苦心経営の跡は、今日よりこれを顧みるに歴々たるものがある。

言葉を換えれば、君達自衛隊が日陰者である時のほうが、国民や日本は幸せなのだ。どうか、耐えてもらいたい。

はい、大磯は暖かいのですが、私の懐は寒うございます

歴史書を読むといい。歴史書を読むと、人の行動がよく読める。なにが変わって、なにが変わっていないかよくわかるから。

寿司は久兵衛しか食べない

天災の多い国においては、国民食糧は相当の余剰を持って置くことが、日本の食生活の上、国民生活の上において安全である。

坊主は三代祟る

私は首相なら務まると思いますが、首相秘書官は務まりません。

河野邸、焼き討ちだ!

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