西暦1000年以前の偉人

【エピクロス】の名言集|名言まとめドットコム

引用元:カフェフィロ PAWL

今回は有名な「エピクロス」の名言をまとめてみました。聞いたことのある名言から、こんな名言あったの?といったものまで数多く紹介します!誰もが知っている偉人「エピクロス」の名言・名セリフには、どんなものがあるのでしょうか?

エピクロスとは

エピクロス(Επίκουρος、Epikouros、紀元前341年 – 紀元前270年)は、快楽主義などで知られる古代ギリシアのヘレニズム期の哲学者。エピクロス派の始祖である。
現実の煩わしさから解放された状態を「快」として、人生をその追求のみに費やすことを主張した。後世、エピキュリアン=快楽主義者という意味に転化してしまうが、エピクロス自身は肉体的な快楽とは異なる精神的快楽を重視しており、肉体的快楽をむしろ「苦」と考えた。

参考:Wikipedia

エピクロスの名言集

死について恐れる必要はない

わたしは、決して、多くの人々に気に入られたいとは思わなかった。なぜなら、一方、何がかれらの気に入るかはわたしにはわからなかったし、他方、わたしの知っていたことは、かれらの感覚からは遠くへだたっていたからである。

十分にあってもわずかしかないと思う人にとっては、なにものも十分ではない。

快楽こそが善であり人生の目的だ

(「ヘロドトス宛の手紙」より)まず第一には、有らぬもの(ト・メー・オン)からは何ものも生じない、ということである。なぜなら、もしそうでないとすれば、何でもが何からでも任意に生じるということになって、種子などは全く必要でないことになるだろうから。

隠れて生きよ

(「ヘロドトス宛の手紙」より)もしまた、ものが見えなくなったとき、それはそのものが消滅して有らぬものに帰した(全くなくなった)とすれば、あらゆる事物はとうになくなってしまっているはずである、なぜなら、それらが分解されていったさきのものは、有るものではないのだから。

死はわれわれにとっては無である。われわれが生きている限り死は存在しない。死が存在する限りわれわれはもはや無い

(「ヘロドトス宛の手紙」より)さらにまた、全宇宙は、これまでもつねに、今あるとおりに有ったし、これからもつねに、そのとおりに有ろう。なぜなら、それが転化してゆくさきのものは、ないのだから。というのは、全宇宙に入りこんで転化をひき起すことができるようななにものも、全宇宙の外部には、ないからである。

われにパンと水さえあれば、神と幸福を競うことができる

(「ヘロドトス宛の手紙」より)さらに、全宇宙は〈物体と場所と〉である、けだし、物体の有ることは、感覚それ自身が万人のまえで立証していることであり、そして不明なものについては、前述したように、感覚にしたがい思考によって判断せねばならない、また、かりに、空虚とか空間とか不可触的な実在とか呼ばれるものが有らぬとすれば、物体は、それの存するところをも運動するところをも、もたないことになろう、しかもわれわれの感覚には、明らかに物体は運動するものとして現われているのに。

われわれが快楽を必要とするのは、ほかでもない、現に快楽がないために苦痛を感じている場合なのであって、苦痛がない時には、我々はもう快楽を必要としない

(「ヘロドトス宛の手紙」より)ところで、物体と場所とのほかには、それ自身全き独立の実在として捉えられ、他の全き実在の偶発性ないし本属性として言われるのではないようなものは、考えることすらできない。さらにまた、物体のうち、或るものは合成体であり、他のものは合成体をつくる要素である。

哲学をするのに、若すぎるとか年をとりすぎたという事はない。

(「ヘロドトス宛の手紙」より)あらゆるものが消失して有らぬものに帰すべきではなく、かえって、合成体の分解のさいには、或る強固なものが残存すべきであるからには、――不可分(アトマ)であり不転化である、つまり、それらは、本性上充実しており、どんなものへも分解されてゆきようがないのである。したがって、根本原理は、不可分な物体的な実在(原子)でなければならぬ。

神々は不滅で至福だ。それにふさわしくない事を神々におしつけてはならない。

(「ヘロドトス宛の手紙」より)なおまた、不可分で稠密(ちゅうみつ)な物体(原子)、つまり、合成体がそれから生じそれへと分解される要素は、さまざまな形状をもっており、その相違の仕方は、われわれの理解を絶するほどたくさんにある

心得ておくべきは、多くを語るのも短く語るのも、同じ目的をめざすものだということである。

(「ヘロドトス宛の手紙」より)もし形状の相違が限られていてわれわれに理解しうるほどであるとすれば、同形の原子どもが集まったところで、それからは、合成体に見られるこれほどたくさんの相違が生じることは不可能だからである。

われわれが生きている時には死はないし、死が来た時にはわれわれはいない。

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