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【クララ・シューマン】の名言集|名言まとめドットコム

引用元:ピアノとともに半世紀

今回は有名な「クララ・シューマン」の名言をまとめてみました。聞いたことのある名言から、こんな名言あったの?といったものまで数多く紹介します!誰もが知っている偉人「クララ・シューマン」の名言・名セリフには、どんなものがあるのでしょうか?

クララ・シューマンとは

クラーラ・ヨゼフィーネ・シューマン(Clara Josephine Wieck-Schumann, 1819年9月13日 - 1896年5月20日)は、ドイツのピアニスト、作曲家。ピアノ教師フリードリヒ・ヴィーク (Friedrich Wieck) の次女(長女は生後まもなく死亡)として生まれる。19世紀に活躍した女性ピアニストであり、また作曲家ロベルト・シューマンの妻としても広く知られている。

プロデビューは1828年、9歳の時、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の演奏会で、モーツァルト・ピアノ協奏曲のソリストを務めたクララは、当時のライプツィヒ、ザクセン王国のみならず、現在のドイツ全域に天才少女としてその名を知られるようになり、以後、19世紀において最も高名なピアニストとなった。

参考:Wikipedia

クララ・シューマンの名言集

これはオーケストラとピアノ独奏者の間の情熱的な会話なのです。その「会話」はとても穏やかで優しいものですが。

私の本当の親友であるピアノは、きっと私の助けになってくれるはずです。

私達は種々の点で一致出来なかったが、感謝の気持で温められた父への私の愛情は、私の一生を通じて何者も犯すことはできなかった。

あらゆるものが一つに織りあげられ、一緒に呼吸しているのは、なんと見事なんでしょう!

正統なシューマンの伝統に従えば、芸術家にとって非常に難しい役割に対する謙遜と愛を以て、とても静かに、憂いと共に、穏やかに弾かれなければなりません。役割、つまり(テクニックによらず)シンプルに聴こえる演奏によって美を表現することは、考え得るいかなるテクニカルな問題よりも難しいのです。

リズミカルで無かったら、シューマンは台無しです。彼は詩人でした。そして感情(sentiment)と幻想に充ち溢れてました。しかし彼は決して感傷的(sentimental)ではありませんでした。ですから、あなたは決して、シューマンの曲をセンチメンタルに響かせてはなりません。

書いた方が意思疎通がたやすい

人間は子供を葬るために長命しているようだ

父と共に私の青春への絆が消去ったことを、私は深く感じる。

最終楽章は、殆どの人が速すぎる演奏をしています。それによって、とても素敵なフレーズや、交差するリズム、あるいは全体を通じて流れるワルツのモチーフが失われてしまっています。

彼は意味のない符号、休符、あるいは付点を書いた事はありません・・・・書いてある通りに弾いて下さい。優れた洞察力を持つ人にとって、全ては楽譜に書いてあります。

もし女でなかったら、私はとっくの昔にピアノ弾きの生活を切り上げていたでしょう。でも、少しだけ慰めはあります。私は女性とならば確実に対抗していけます。

音楽が断片的に聴こえる

ヨハネスが懇願したので私は拒絶できなかった。私は彼を息子のごとく心から愛している

作曲家の素晴らしく偉大な考え方とか情感を表現してゆく努力をする中で、あなたは自分自身のパーソナリティを忘れなくてはいけません。作曲家への崇敬の無い演奏家など、偉大ではありえません。

あなたが初めて私に接吻してくれた時、わたしは気が遠くなりそうでした。すべてが茫然として、返っていくあなたの足元を照らす灯りを持っているのが精一杯でした。

テクニックではなく思考力が演奏解釈の基本であるべきです。

心からのお喜びを。心からあなたの クララ・シューマン 今はこれより書けません。でも、近く、あなたの...

父を失った深い悲哀は、言い表すことが出来ない。幼ない頃の私にとって、父はすべてであった。

私はいつも神に向かって、私がこれまで切り抜けてきた、そして私をまだ待ち受けている恐ろしい心の動揺を克服する強さを与えてくれるよう、祈っています。

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