西暦1900年代の偉人

【マルセル・プルースト】の名言集|名言まとめドットコム

時は過ぎていく。そして少しずつ、我々が口にしてきた嘘は真実になる。

愛するということは不運である。お伽話の中の人々のように、魔法が解けるまでそれに対してどうすることもできないのだ。

少しばかり夢を見ることが危険であるというなら、その治療法は夢を減らすことではない。むしろもっと多くの夢を、四六時中夢を見続けることだ。

無関心を装う手紙の危険なことは経験ずみだった。最初は偽装の手紙だったものが、しまいには本当になってしまうからだ。

海を背景にして、まるで豊かな装飾の塊が多様で勝手気ままに増殖するかのように現れたのは、太陽に焼かれ潮風に吹かれて金色とバラ色に同時に染め上げられた処女たちの、美しく展開される隊列。

美しい女たちのことは想像力のない男たちに任せておこう。

真の発見の旅とは、新しい景色を探すことではない。新しい目で見ることなのだ。

決定的に彼女と別れることができないのなら、せめて短い別離を繰り返すこともなく、常に彼女に会っていることはできないか。そうなれば彼の苦悩もいつか鎮まっただろうし、愛情も消えたことだろう。

人は泳げるようになりたいと願いながら、同時に片足を地面につけているものだ。

欲する心にはすべてを開花させる力がある。所有したという事実はすべてをしぼませ枯らしてしまう。

しばしば想像力の欠如が、人間を大きな苦悩から遠ざけることがある。

睡眠のなかで私たちに明らかにされるのは幼年への回帰であり、過ぎ去った歳月と失われた感情の再把握であり、魂の分離と転生であり、死者の喚起であり、狂気の幻想であり、最も原始的な自然界への後退である。

我々の苦悩は、とことんまで経験することによってのみ癒される。

恋わずらいの人は、ある種の病人のように自分自身が医者になる。苦悩の原因をなした相手から癒してもらえることはないのだから、結局は、その苦悩の中に薬を見出すのである。

相手の女の服従が一時のあいだ男の嫉妬を鎮めはするけれども、同時にその嫉妬をいっそう気むずかしいものにもする。

私たちが情熱から解放されるのは、その情熱をとことん味わいつくした場合だけである。

我々の愛情が衰えるのは、相手が死んだためではなく、我々自身が死ぬからである。

女が精神的にすぐれていることなど、ほとんど私の興味をひきはしなかった。

未知の状況を思い描くのに、想像力は既知の要素を借りてくるから、そのため未知の状況を思い描くことができなくなってしまう。

戦争を続けようとする者にもまた、戦争を始めた者と同様の罪があるのです。あるいはそれ以上の罪があるかもしれません、何故なら、真っ先に始めた方は恐らく戦争の惨禍をことごとく予想していたわけではありませんからね。

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