西暦1600年代の偉人

【沢庵宗彭】の名言集|名言まとめドットコム

引用元:滝本仏光堂

今回は有名な「沢庵宗彭」の名言をまとめてみました。聞いたことのある名言から、こんな名言あったの?といったものまで数多く紹介します!誰もが知っている偉人「沢庵宗彭」の名言・名セリフには、どんなものがあるのでしょうか?

沢庵宗彭とは

沢庵 宗彭(たくあん そうほう、澤庵 宗彭、天正元年12月1日(1573年12月24日) - 正保2年12月11日(1646年1月27日)は、安土桃山時代から江戸時代前期にかけての臨済宗の僧。大徳寺住持。諡は普光国師(300年忌にあたる昭和19年(1944年)に宣下)。号に東海・暮翁など。

但馬国出石(現兵庫県豊岡市)の生まれ。紫衣事件で出羽国に流罪となり、その後赦されて江戸に萬松山東海寺を開いた。書画・詩文に通じ、茶の湯(茶道)にも親しみ、また多くの墨跡を残している。一般的に沢庵漬けの考案者と言われているが、これについては諸説ある(同項目を参照のこと)。

参考:Wikipedia

沢庵宗彭の名言集

富はなせば仁ならず、仁すれば富まず。

人みな我が飢を知りて人の飢を知らず。

前後際断

人の良し悪しを知らんと思わば、その愛し用いられている臣下、または親しみ交わる友達をもって知れ。

敵を恐るべからず、味方を恐るべし。

三歳の童子と雖も言ふところ深むる所好語なるときは、則ち受けて以って聖賢の語に同うす。

(日蓮宗と浄土宗の仲の悪さを尋ねられ)両宗とも、末法の世に教えを説くために仏法を分かりやすく引き下げてしまったために、引き下げた教えに食い違いが生じ、それ故に宗論が自宗の正しさを示すものになるためです。他宗の場合は同じところに教えがあるので、そうはならないのです

草木の苦しみ悲しみを、人は知らず。

葉一つに心をとられ候わば、残りの葉は見えず、一つに心を止めねば、百千の葉みな見え申し候

足ることを知るは、極楽の国なり。

用心とは心を用いると書申候へは、ことばにも色にも出して候へは、用心に成申さず候

説くのは知るため、知るのは行うためである。ゆえに知らぬのなら説くべきではない。

人の身は欲を固めて作り出せるものなり。

一事を成さんとしたら、本心一途にしたほうがよい。

心さえ潔白であれば身の苦しみなど何ともない

知っているのに行わないのは知らぬと同じである。

この日再び来たらず寸陰一尺の璧(今日という日は二度と来ない。一尺の宝石よりも、わずかな時間を惜しめ。)

道を説く者は多いがこれを知る者は少ない。知る者がいたとしても実際に行える者はさらに少ない。

本心は水の如く一所に留らず 妄心は氷の如くにて 氷にては手も頭も洗われ申さず候 氷を解かして水となし 何処へも流れるようにして手足をも何をも洗うべし

溝をばずんと飛べ、危しと思へばはまるぞ。

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