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【井伊直政】の名言集|名言まとめドットコム

引用元:歴人マガジン

今回は有名な「井伊直政」の名言をまとめてみました。聞いたことのある名言から、こんな名言あったの?といったものまで数多く紹介します!誰もが知っている偉人「井伊直政」の名言・名セリフには、どんなものがあるのでしょうか?

井伊直政とは

井伊 直政(いい なおまさ)は、戦国時代から安土桃山時代にかけての武将・大名。井伊氏第17代または24代当主[注釈 4]。 上野国高崎藩の初代藩主。後に近江国佐和山藩(彦根藩)の初代藩主。

徳川氏の家臣(家臣になった当時は外様)。遠江国井伊谷の出身で、『柳営秘鑑』では榊原氏や鳥居氏と並び、「三河岡崎御普代」として記載されている。また、江戸時代に譜代大名の筆頭として、江戸幕府を支えた井伊氏の手本となり、現在の群馬県高崎市と滋賀県彦根市の発展の基礎を築いた人物でもある。

徳川二十八神将に数えられ、家康の天下取りを全力で支えた功臣として、現在も顕彰されている。滋賀県彦根市では、直政が現在の彦根市の発展の基礎を築いたことを顕彰して、「井伊直政公顕彰式」という祭典が毎年行われている。

参考:Wikipedia

井伊直政の名言集

醤油はありませんか

昔、殿が名馬を下さった時に子倅だの何だのと馬鹿になされましたが、このような大身になれたのは、名馬に違わぬ働きをしたからでございます。目が暗かったのは本多殿の方でありましたな

先祖より仕えた主君に背いて殿下に従う臆病者と同席すること、固くお断り申す

武士の子をさやうに用心して何の役にかたつべき、はなして、もし討死ならば其(その)分の事よ。

生死の事大 無常は迅速なり

祈るぞよ 子の子のすへの 末までも まもれあふみの 国津神々

捨てて苦しかるまじき敵と見ば、敵にてはあるまじと申すべし

敵が迫ってきたらそのときは、自分がここに踏みとどまって討ち死にする覚悟です。討ち死にしたあとに腹の中から赤飯が出たら、飢えのあまりに供え物に手を出したことを知られてしまう。そうなれば武士の名折れです

いい機会ですから秀吉を討ち取りましょう

自分は井伊家の人間であるため徳川家に仕えたい

成敗利鈍に至りては 明の能く逆め睹るに非ざるなり

まとめ

今回は「井伊直政」の名言・名セリフ集をご紹介しました。

お気に入りの名言や心に響く名言は見る人によって変わります。

「井伊直政」の名言には、今回ご紹介していないものの中にも、まだまだ名言と呼ばれるものが数多く存在するでしょう。

ぜひ自分のお気に入りの名言を見つけてみてください。

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