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【上杉景勝】の名言集|名言まとめドットコム

引用元:Wikipedia

今回は有名な「上杉景勝」の名言をまとめてみました。聞いたことのある名言から、こんな名言あったの?といったものまで数多く紹介します!誰もが知っている偉人「上杉景勝」の名言・名セリフには、どんなものがあるのでしょうか?

上杉景勝とは

上杉 景勝(うえすぎ かげかつ)は、戦国時代から江戸時代前期にかけての大名。豊臣政権の五大老の一人。米沢藩の初代藩主。上杉宗家(山内上杉家)17代目で、同家16代目上杉謙信を家祖とする米沢上杉家2代目。

上田長尾家出身で、初名は長尾顕景。同じ長尾家出身の叔父・上杉謙信の養子となり、名を上杉景勝と改めた。実子のいない謙信の死後、上杉家の家督相続を争った御館の乱で勝利し、謙信の後継者として上杉家の当主となった。

豊臣秀吉に仕え、豊臣家五大老の1人として、会津藩120万石(「上杉家記」では120万1,200石余、上方の在京領は除く)を領した。秀吉の死後、徳川家康が景勝討伐に向かい関ヶ原の戦いが幕開け、景勝は石田三成ら西軍に付き敗北した。戦後に、徳川家康から上杉家の存続は許されたが米沢藩30万石へ減封となった。

参考:Wikipedia

上杉景勝の名言集

なかんずく景勝はよき時代に出生し、弓箭を携えて、六十余州を越後一国をもって相支え一戦を遂げ滅亡せしむこと、死後の思い出、景勝にははなはだ不相応に候か。もし又死を出でて一生せしむるにおいては、日域(=日本)無双の英雄たるべきか。死生の面目・歓悦天下の誉れ、人々その羨み巨多たるべきか。

迂を以て直と為すと云うことあり,危き道に不意の患あり

大将は近きとて危うき道は行かざるものなり。

人の危うきに乗ずるは、上杉兵法に非ず

太閤が他界する前、御前で生涯逆心しない旨の起請文を書き、その誓紙を太閤の棺に納めることは天下ことごとく知っている。この度のことは家康から仕掛けてきたので合戦の備えをしたが、家康が江戸に引き返した以上、こちらも会津へ引き返すのが道理と言うものだ。いま家康を追撃すれば先々申してきたことは全て偽りになり、天下最大の悪人として信用を失う

当領内には一人のキリシタンも御座無く候

景勝のことは心配無用です。

武士の家に生まれて先陣を他家と争い、朝から身を粉にして奮戦してきた場をいくら上意とはいえ譲ることはできない

まとめ

今回は「上杉景勝」の名言・名セリフ集をご紹介しました。

お気に入りの名言や心に響く名言は見る人によって変わります。

「上杉景勝」の名言には、今回ご紹介していないものの中にも、まだまだ名言と呼ばれるものが数多く存在するでしょう。

ぜひ自分のお気に入りの名言を見つけてみてください。

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