西暦1800年代の偉人

【橋本 左内】の名言集|名言まとめドットコム

引用元:BUSHOO!JAPAN(武将ジャパン)

今回は有名な「橋本 左内」の名言をまとめてみました。聞いたことのある名言から、こんな名言あったの?といったものまで数多く紹介します!誰もが知っている偉人「橋本 左内」の名言・名セリフには、どんなものがあるのでしょうか?

橋本 左内とは

橋本 左内(はしもと さない)は、日本の武士(福井藩士)、志士、思想家。号は景岳、黎園(れいえん)。諱は綱紀(つなのり)。著書に15歳の時に志を記した『啓発録』(1848年)がある。

かなり高潔で清廉潔白な性格のようで、西郷隆盛もその無私な性格に心を打たれたり、牢獄でも牢名主に代われるものならかわってやりたいと思われるほどの人格者だった。一方で野心家な面があり、この世に名を残したいという思いと行動力と頭脳見識があり、その結果が結局命取りになってしまった。墓は福井市の善慶寺に隣接する左内公園と、長州の吉田松陰などとともに南千住の回向院にもある。戒名は景鄂院紫陵日輝居士。1891年(明治24年)、贈正四位。

参考:Wikipedia

橋本 左内の名言集

目標に達するまでの道筋を多くしないこと。

男子たるものが憂慮するところは、ただ国家が安泰であるか危機に直面しているかという点のみ。

幼稚な心を取り去らなければならない。自己の修業を怠り、父母への依頼心を持つなどは幼稚な心である。幼稚な心を持てば何事も上達せず、とても天下の大豪傑などになれない。武士道第一歩は、幼稚な心を取り去ることだ。

激流にも耐えうる柱のように揺るぎない信念を心に持て。

一事を根気よく長時間続けることは困難なのである。勉とはそれに打つ勝つだけの忍耐力の養成を意味する。

偉人の経歴を読書により知って憧れること、師や友から聞いたことに発憤すること、自分が逆境に陥ったときに勇猛心を起こすこと、感激することの四つが志を立てる大きな理由となる。

第一番に稚心を去らねばならぬ。

目的を達成する為には、如何なる手段をも行ふべし

学とは”ならう”ということで、すぐれた人物の立派な行いを習い、みずからもそれを実行していくことである。

勉、つとめるというのは、自己の力を出し尽し、目的を達成するまではどこまでも続けるという意味合いを含んだ文字である。

学問とは、人として踏み行うべき正しい筋道を修行することであって、技能に習熟するだけのものでは、決してない。

今日から聖人、豪傑を志した者が、明日、明後日と順次にそれに合わない性質を少しづつ取り去れば、最初は才能の無い者でも、聖人・豪傑の地位にまで達することが必ずできる

後世必ず吾が心を知り、吾が志を憐み、吾が道を信ずる者あらんか

学問は生涯を通じて心掛けねばならない

二十六年、夢の如く過ぐ。平昔を顧思すれば感ますます多し。天祥の大節、嘗て心折す。土室なほ吟ず、正気の歌

誰にでも何かの仕事に適する素質がある。世の中が必要とするものは多く、自分が役に立てることが必ずある

私たちは生涯、忠義を尽くし、御恩に報いる目的で一切の艱難を乗り越えなければならない

何事も他人に負けてはならないとする気持ちと、決めた目的の下に一刻も油断なく、心の緊張を失わないことが大事だ

一度志を立てた以上は、何よりもまず目的を定め、少しの時間も無駄にせず、確実な道を歩んで、その目的を達成するように努力するのがよい

人間おのずから用に適する所あり、天下何ぞなすべき時なからむ。

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