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【愛沢 えみり】の名言集|名言まとめドットコム

引用元;emiri_aizawa

今回は有名な「愛沢 えみり」の名言をまとめてみました。聞いたことのある名言から、こんな名言あったの?といったものまで数多く紹介します!誰もが知っている有名人「愛沢 えみり」の名言・名セリフには、どんなものがあるのでしょうか?

愛沢 えみりとは

1988年9月1日、日本のキャバクラ嬢で、ファッションモデル。
東京新宿歌舞伎町のキャバクラ「ジェントルマンズクラブ」に在籍していた23歳当時、2011年10月発売の『小悪魔ageha』誌11月号で同誌に初登場し、初登場ながら3ページにも及ぶ特集の題材となる。翌2012年10月発売の11月号より同誌の専属モデルとなった。2014年からは、お笑い芸人のいとうあさこ、歌手のSORA、および元アイドルで実業家の川崎希とともに、4月始動のテレビ東京の新番組『美の国のお茶会』にレギュラー出演。同月、『小悪魔ageha』の出版元にあたるインフォレストの事業停止に伴い同誌が休刊、この時期まで同誌の専属モデルを担い続けていた2013年7月自身初のアパレルブランドである同年『小悪魔ageha』の復刊に伴い、さっそく復刊第1号から同誌の専属モデルに復帰している。翌2016年には同誌4月号にて自身初となる単独表紙[16]。同年5月に『EmiriaWiz』一号店を新宿歌舞伎町に出店、OPEN日は入店まで最大5時間待ちであった。2017年3月には『昼職未経験のキャバ嬢が月商2億円の社長に育つまで キラキラ社長・愛沢えみりの起業術』(主婦の友社)を発売した。 2019年3月を以て、キャバクラ嬢を引退することを公表し、同年3月末日を以て正式に引退した。理由としては、10年間キャバクラ嬢を務めあげて、「そろそろ潮時かな」と感じたこと、モデル業との両立が難しくなったことを挙げた。引退後は主にモデルとして活動する予定である。

参考:Wikipedia

愛沢 えみりの名言集

今年3月に行われた引退式では、2日で2.5億を売り上げました。

最初の頃は、決めた通りにちゃんと出勤もできない“ダメキャバ嬢”でした。

ただフリーの席をぐるぐる回るだけの回転寿司みたいな状態で(笑)

「まずは、毎日出勤することから始めてみよう」って担当のスタッフさんが声を掛けてくれたことで、何とかスタート地点に立てました。

すぐに結果が出ないことは頭ではわかってはいたけど、自分に期待することに疲れちゃって。どんどん辛くなって、軽く“ひきこもり”みたいな状態になっていました。

何だか「嫌だな」「不安だな」と感じたことは、すぐにそのスタッフさんに伝えるようにしました。

私、実はお酒がほとんど飲めないので、とにかく同伴をたくさんこなしました。

飲めない事実を自分から伝えたことがなかったので、場がしらけることはあまりなかったですね。

飲めないことを伝えて場がしらけるよりも、一緒に乾杯できる楽しさを優先していました。

オーダーしてほしいと思った時は、お客さまが断っても変な空気にならないように、冗談ぽくおねだりするようにしていましたね。

お客さまにできるだけ“質問をしない”ことですかね。会話が発展する質問はしますが、どこに住んでいて、今日は何をしていたとか、お客さまのプライベートに踏み込んだことは自分から聞かないようにしていました。

ブランドを立ち上げるというよりも、“洋服を着る意味”が好きでした。

売上げは本当に順調でした。でも、休みがくる度にスタッフが辞めていく状況が続いていて、社内の雰囲気は最悪でしたね。

キャバ嬢をやっている時と同じようにスタッフとコミュニケーションをとっていたら、「ついていけない」と言われてしまったんです……。

恥ずかしいんですけど、当時は本当に口が悪かったんですよ。たとえば、洋服のデザインについてやりとりする際、可愛くないなと思ったら「やばっセンスない」「下手くそ」って、むき出しの感情をそのまま口に出してしまっていたんです。

このままでは「ブランドを続けられなくなってしまう」と感じた時に、自分が変わるしかないと思ったんです。

まず、絶対に必要な時以外は怒らないと決めました。

思ったことはすぐに口に出さない。いったん飲み込んで、頭の中で整理してから話すようにしました。

イライラしやすい状態を作らないこと。当たり前だけど、人間って睡眠不足だったりお腹が空いていたりすると、些細なことでイライラしちゃうじゃないですか(笑)。

他人を理解するためには自分の価値観を常にアップデートしていく必要があるんだなと実感しました。

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