西暦1900年代の偉人

【菊池寛】の名言集|名言まとめドットコム

引用元:47NEWS

今回は有名な「菊池寛」の名言をまとめてみました。聞いたことのある名言から、こんな名言あったの?といったものまで数多く紹介します!誰もが知っている偉人「菊池寛」の名言・名セリフには、どんなものがあるのでしょうか?

菊池寛とは

菊池 寛(きくち かん、1888年(明治21年)12月26日 - 1948年(昭和23年)3月6日)は、小説家、劇作家、ジャーナリスト。本名は菊池 寛(きくち ひろし)。実業家としても文藝春秋社を興し、芥川賞、直木賞、菊池寛賞の創設に携わった。

1919年(大正8年)、「中央公論」に「恩讐の彼方に」を発表。時事新報を退社し、執筆活動に専念する。翌年大阪毎日新聞・東京毎日新聞に連載した「真珠夫人」が大評判となり、人気作家となった。1923年(大正12年)1月、人気作家となった寛は若い作家のために雑誌『文藝春秋』を創刊する。1926年(大正15年、昭和元年)から春陽堂を離れて「文藝春秋社」として独立し『文藝春秋』は総合雑誌となる。

参考:Wikipedia

菊池寛の名言集

人間は生きている間に、十分仕事もし、十分生活も楽しんでおけば、安心して死なれるのではないかと思う。

最善の技術には、努力次第で誰でも達し得る。 それ以上の勝敗は、その人の性格、心術、覚悟、度胸に依ることが多いだろう。

不幸のほとんどは、金でかたづけられる。

どんなに傑作だって、時が経てば滅びてしまわないとは限らない。火事で焼けないとも限らない

悪妻は百年の不作であるという。 しかし、女性にとって、悪夫は百年の飢饉である。

自分より上手だと怯じてかかると、手も足も出ない。

罠をかける者も卑しい。が、それにかかる者もやっぱり卑しかったのだ。

人の真似をする者は、その真似るものよりは必定劣るものじゃ。そなたも、自分の工夫を専一にいたされよ。

久米の失恋なんか、そんなにたいしたものじゃないよ。金さえ入りゃかんたんに片がついてしまうよ。(略)この際、久米にとって一ばん必要なのは原稿料だ

来世に希望をつなぐ信仰などよりも、現世をよく生きたということが、安心の種になるのではないかと思う。

戦争になれば国のために全力を尽くすのが国民の務めだ。いったい、僕のどこが悪いのだ。

シロウト将棋はあとさきも考えないから、見ていてとても面白いネ

私は、させる才分なくして、文名を成し、一生を大過なく暮しました。多幸だつたと思ひます。死去に際し、知友及び多年の読者各位にあつくお礼を申します。ただ国家の隆昌を祈るのみ。

人生に於て何が一番必要であるかと云うことが今更ながら分かった。 生死の境に於ては、ただ寝食の外必要なものはない。

同期開催の各競馬の成績を丹念に調べよ。そのお蔭で大穴を一つ二つは取れるものである。

ぼくもホントはヒロシなんだけどネ、いつの間にかカンになってしまった。面白いものだね。カンと呼ばれているうちに自分でもカンの方がいいと思うようになったよ

そりゃ君、善は美よりも重大だね。 僕にはなんと言っても重大だね。

人への親切、世話は、慰みとしてしたい。義務としては、したくない。

"ギャンブルは、絶対使っちゃいけない金に手を付けてからが本当の勝負だ"

約束は必ず守りたい。人間が約束を守らなくなると社会生活はできなくなるからだ。

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