西暦1900年代の偉人

【芥川龍之介】の名言集|名言まとめドットコム

今回は有名な「芥川龍之介」の名言をまとめてみました。聞いたことのある名言から、こんな名言あったの?といったものまで数多く紹介します!誰もが知っている偉人「芥川龍之介」の名言・名セリフには、どんなものがあるのでしょうか?

芥川龍之介とは

芥川 龍之介(あくたがわ りゅうのすけ、1892年〈明治25年〉3月1日 - 1927年〈昭和2年〉7月24日)は、日本の小説家。本名同じ、号は澄江堂主人(ちょうこうどうしゅじん)、俳号は我鬼。

その作品の多くは短編小説である。また、『芋粥』『藪の中』『地獄変』など、『今昔物語集』『宇治拾遺物語』といった古典から題材をとったものが多い。『蜘蛛の糸』『杜子春』といった児童向けの作品も書いている。初期の作品には、西洋の文学を和訳したものも存在する(『バルタザアル』など)。英文科を出た芥川は、その文章構成の仕方も英文学的であると言われている。翻訳文学的でもある論理的に整理された簡潔・平明な筆致に特徴がある。

参考:Wikipedia

芥川龍之介の名言集

懐疑主義者もひとつの信念の上に、疑うことを疑わぬという信念の上に立つものである

恋愛はただ性欲の詩的表現を受けたものである。少なくても詩的表現を受けない性欲は恋愛と呼ぶに値しない

自然を愛するのは、自然がわれわれを憎んだり、嫉妬しないためでもない事はない

人生の悲劇の第一幕は、親子となったことに始まっている

われわれを恋愛から救うものは、理性よりもむしろ多忙である

完全に自己を告白することは、何びとにも出来ることではない。同時にまた、自己を告白せずには如何なる表現も出来るものではない

人生を幸福にするためには、日常の瑣事を愛さなければならぬ

最も賢い生活は一時代の習慣を軽蔑しながら、しかも、その又習慣を少しも破らないように暮らすことである

人生は地獄よりも地獄的である

宿命は後悔の子かも知れない。…或は後悔は宿命の子かも知れない

完全なるユウトピアの生まれない所以は大体下の通りである。…人間性そのものを変えないとすれば、完全なるユウトピアの生まれる筈はない。人間性そのものを変えるとすれば、完全なるユウトピアと思ったものも忽ち又不完全に感ぜられてしまう

わたしは二三の友だちにはたとい真実を言わないにもせよ、嘘をついたことは一度もなかった。彼等もまた嘘をつかなかったら

良心は道徳をつくるかも知れぬ。しかし道徳はいまだかつて良心の「良」の字を創ったことはない

私は第三者を愛するために夫の目を盗んでいる女には、恋愛を感じないことはない。しかし第三者を愛するために子供を顧みない女には、満身の憎悪を感じている

キリストはみずから燃え尽きようとする一本のローソクにそっくりである

人間は時として、満たされるか満たされないか、わからない欲望のために一生を捧げてしまう。その愚を笑う人は、つまるところ、人生に対する路傍の人に過ぎない

天才の悲劇は「小ぢんまりした、居心地のよい名声」を与えられることである

あなた方のお母さんを慈しみ愛しなさい。でもその母への愛ゆえに、自分の意志を曲げてはいけない。そうすることが後に、あなた方のお母さんを幸せにすることなのだから

輿論は常に私刑であり、私刑は又常に娯楽である。たといピストルを用うる代りに新聞の記事を用いたとしても

天才の一面は明らかに醜聞を起し得る才能である

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