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【大林 宣彦】の名言集|名言まとめドットコム

今回は有名な「大林 宣彦」の名言をまとめてみました。聞いたことのある名言から、こんな名言あったの?といったものまで数多く紹介します!誰もが知っている有名人「大林 宣彦」の名言・名セリフには、どんなものがあるのでしょうか?

大林 宣彦とは

1938年(昭和13年)1月9日、広島県尾道市東土堂町生まれ - 2020年(令和2年)4月10日)死去。日本の映画監督。
尾道市立土堂小学校、尾道北高校卒業、成城大学文芸学部中退。
2006年(平成18年)4月から尚美学園大学大学院芸術情報学部情報表現学科名誉教授。
2007年(平成19年)4月から倉敷芸術科学大学芸術学部メディア映像学科客員教授。
2014年(平成26年)4月から長岡造形大学客員教授。
妻は映画プロデューサーの大林恭子。長女の千茱萸は「映画感想家」と称して執筆活動をする一方で映画製作にも参加しており、その夫は漫画家の森泉岳土。劇作家・演出家の平田オリザは甥にあたる。
自主製作映画の先駆者として[、CMディレクターとして、映画監督として、日本の映像史を最先端で切り拓いた"映像の魔術師"

参考:Wikipedia

大林 宣彦の名言集

映像そのものでは誰も泣きません。感動するのは、その後ろに「心」があるからです。

悩んだ時、迷った時、ぼくはいつも「十六歳の自分だったらどうするか?」を基準に生きてきた。十六歳って、きっと人間が一番正直な季節。今も夢があり、傷つきやすくもある自分がある。人生最期のその日まで、ずっと十六歳のベテランでありたい。

母のしわは、子育て日記そのものだ。私を一所懸命に育ててくれた、その喜怒哀楽のすべてが刻まれている。私の成長を喜んだり、ときに厳しく叱ったり、そして心配してくれたり。そんな母と私の歴史が深く刻まれている。

お年寄りのしわが醜いなどと言うのはとんでもないこと。人生の日々の思いが刻まれたしわほど自然で美しいものはありません。

人間は生まれる時代も、場所も、自分で選ぶわけにはいきません。いつ、どこにいてもそこで幸福になれないようでは駄目です。

青春というと、明るくて楽しくて、というふうに(人は)思っていますが、本当は青春って、辛いものなんです。

他人のように上手くやろうと思わないで、自分らしく失敗しなさい。

世の中はいつの時代も矛盾に満ちています。特に若い人たちは矛盾に敏感ですが、そこから逃げてはいけません。その矛盾に立ち向かってこそ、自分の人生を作ることができるんです。

当たり前の幸福は、失ったときにはじめてその大切さがわかる。

人間……クローズアップで接していては心の中まではなかなか読みとれません。少し視点を引いて、フルサイズで見れば相手の気持ちも見えるようになってきます。

ギャラはその人の才能に対する社会的な評価だから、僕はいつも最高のギャラをくださいと言います。もし予算がなければ、値切られるかわりに最高のワインで仕事をしましょうと。

恋愛とは好意的誤解のさいたるものである。

夫婦であっても、プライドを傷つけることは言ってはいけない。たとえ彼女が言ったことにムカッときても、言い返したらおしまい。話しているうちに自然に納得できると、スポーツをした後のような快感を味わえる。それが賢く生きるということ。賢さは訓練です。

限られた時間の中で出会える人の数は、出会えない人の数よりずっと少ない。だから、出会った人をどれだけ大事にするかですね。

幸福に生きる秘訣は、自分のいちばん好きなことをして生きる、ということに尽きる。

歯を食いしばって、汗を流して、努力して、夢に向かって一生懸命挑戦する。本当に辛い辛いものだけれども、それに耐え切ることで充実感を持つ、というのが青春の作用なんです。

無くしてはじめて、私たちは当たり前の幸福に気づかされる。

ひとは、ありがとうの数だけかしこくなり、ごめんなさいの数だけうつくしくなり、さようならの数だけ愛を知る。

個性というのは元々傷なの、欠点なの。それに誇りを持ったら初めて個性になる。

人間はやっぱり間違える。傷つきもする。そしてそういうときどうするか、を教えてくれるものが小説だ

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