西暦1800年代の偉人

【岩倉具視】の名言集|名言まとめドットコム

引用元:岩倉具視幽棲旧宅

今回は有名な「岩倉具視」の名言をまとめてみました。聞いたことのある名言から、こんな名言あったの?といったものまで数多く紹介します!誰もが知っている偉人「岩倉具視」の名言・名セリフには、どんなものがあるのでしょうか?

岩倉具視とは

岩倉 具視(いわくら ともみ、1825年10月26日(文政8年9月15日)- 1883年(明治16年)7月20日)は、日本の公家、政治家。雅号は対岳。謹慎中の法名は友山。補職・位階・勲等は、贈太政大臣贈正一位大勲位。維新の十傑の1人。

食事の好みは牛鳥の肉類よりも、野菜もしくは魚肉の風味を好んでいた。平生京都料理を好み、なかでも亀料理を最も好んでいた。

参考:Wikipedia

岩倉具視の名言集

成敗は天なり、死生は命なり、失敗して死すとも豈後世に恥じんや

善悪曲直委ク条理ヲ立サセラレン

其御懇諭ノ勅書ニハ、私心ヲ棄テゝ公理ニ基ヅキ政柄ヲ奉還スルノ要ハ国威ヲ恢張シテ外夷ヲ圧倒スルニ在リ、之ヲ施行スルノ本ハ天下ヲ合同スルニ在リ、天下ヲ合同スルハ政令一ニ帰スルニ在リ、政令一ニ帰スルハ朝廷ヲ以テ国政施行、根軸ノ府ト為スニ在リ

天下の刑罰及び人民訴訟の法を一定して刑部省の総括に帰せしむ可き事

我が国小なりといえども誠によく上下同心その目的を一にし、務めて国力を培養せば、宇内に雄飛し万国に対立するの大業甚だ難しきにあらざるべし

藩知事れん下(東京)に在住せしむ可き事

古文の字句のことを細かく調べるよりも、将棋を指してお互いに知略を磨いたほうがよいではないか

天下に中小学校を設置して大学に隷属せしむ可き事

今度の事件、実に夢とも現とも申し難き次第、如何なる宿縁のしからしむるところか、毛頭合点がまいらず

皇国上下の方向を一定し、君民同心協力して、富国強兵を務め、皇威を宇内に宣揚すべきの大基本を立てる

朝廷衣冠ノ徒ハ、武臣ヲ賤ミ奴僕ト同視シ、兵馬ノ何者タルヲ知ラズ、一朝事アラバ奴僕ト同視シタル武臣ニ倚頼シ(中略)、皇祖親授ノ大権ヲ収復スルコトヲ知ラズ

幕府ヘ自今以往、私心ヲ棄テゝ公理ニ基ヅキ、王政復古ノ上、徳川氏ハ列藩ト与ニ扶翼ノ任ヲ帯ブ可キノ旨ヲ御懇諭アラセラレ

およそ天地間に生じ候横目堅鼻の者、たとえその気象や異なる所あるも、ひとしくこれ人なり

無念切歯に絶えず

天下の兵制を一定して兵部省の総括に帰せしむ可き事

米国は将来的には同盟国になる可能性がある。

勅なれば かみはきりもし そりもせむ きよき心は 神ぞしるらん

老中だけではなく、将軍の誓書もなければ、天皇の怒りは解けない

帰国したい者は帰国せよ。大阪に行きたい者は行け。勤王の意思がある者はその旨明日までに誓書にせよ

敷島の道こそわきて仰かるれ すなほなる世の教えとおもへは

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