偉人 徳川家康

【徳川家康】の名言集|名言まとめドットコム

今回は有名な「徳川家康」の名言をまとめてみました。聞いたことのある名言から、こんな名言あったの?といったものまで数多く紹介します!誰もが知っている偉人「徳川家康」の名言・名セリフには、どんなものがあるのでしょうか?

徳川家康とは

徳川 家康(とくがわ いえやす、旧字体:德川 家康)は、戦国時代から江戸時代初期にかけての武将・戦国大名・天下人。安祥松平家9代当主で徳川家や徳川将軍家、御三家の始祖。旧称は松平 元康(まつだいら もとやす)。戦国時代に終止符を打ち、朝廷より征夷大将軍に任せられ江戸幕府を開く。三英傑のひとり。

家系は三河国の国人土豪・松平氏。幼名は竹千代。通称は次郎三郎のちに蔵人佐。諱は今川義元より偏諱を受けて元信(もとのぶ)次いで元康と名乗るが、今川氏から独立した際に「元」を返上して家康に改める。

勅許され永禄9年12月29日(1567年2月18日)に徳川氏に改姓。本姓は私的には源氏を称していた。従五位の叙位に際し藤原氏と称し、豊臣政権では豊臣氏を称した形跡もあるが、天正16年(1588年)以降に源氏を再び称している。

参考:Wikipedia

徳川家康の名言集

不自由を、常と思えば、不足なし。心に望み起こらば、困窮したるときを思い出すべし。

勝つことばかり知りて、負くること知らざれば、害その身に至る。

多くを与えねば働かぬ家臣は役に立たぬ。また、人間は豊かになりすぎると、結束が弱まり、我説を押し通す者が増えてくる。

いつも不自由していると考えれば、不足などないのだ。

大事を成し遂げようとする者は、本筋以外のことはすべて荒立てず、なるべく穏便にすますようにせよ。

決断は、実のところそんなに難しいことではない。難しいのはその前の熟慮である。

いさめてくれる部下は、一番槍をする勇士より値打ちがある。

人生に大切なことは、五文字で言えば「上を見るな」。七文字で言えば「身のほどを知れ」。

あぶない所へ来ると、馬から降りて歩く。これが秘伝である。

愚かなことをいう者があっても、最後まで聴いてやらねばならない。そうしないと、聴くに値することを言う者が遠慮して言わなくなってしまう。

いくら考えても、どうにもならぬときは、四つ辻へ立って、杖の倒れたほうへ歩む。

世におそろしいのは、勇者ではなく、臆病者だ。

真らしき嘘はつくとも、嘘らしき真を語るべからず。

家臣を率いる要点は惚れられることよ。これを別の言葉で心服とも言うが、大将は家臣から心服されねばならないのだ。

およそ人の上に立って下のいさめを聞かざる者の、国を失い、家を破らざるは、古今とも、これなし。

一手の大将たる者が、味方の諸人の「ぼんのくぼ」を見て、敵などに勝てるものではない。

多勢は勢いをたのみ、少数はひとつ心に働く。

人間は、健康でありすぎたり、得意すぎたりする時にも警戒を要するのだが、疲れたおりの消極性もまた厳に戒めなければならない。

われ志を得ざるとき忍耐この二字を守れり。われ志を得んとするとき大胆不敵この四字を守れり。われ志を得てのち油断大敵この四字を守れり。

道理において勝たせたいと思う方に勝たすがよし。

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