西暦1900年代の偉人

【伊丹万作】の名言集|名言まとめドットコム

引用元:伊丹十三記念館

今回は有名な「伊丹万作」の名言をまとめてみました。聞いたことのある名言から、こんな名言あったの?といったものまで数多く紹介します!誰もが知っている偉人「伊丹万作」の名言・名セリフには、どんなものがあるのでしょうか?

伊丹万作とは

伊丹 万作(いたみ まんさく、1900年1月2日 - 1946年9月21日)は、日本の映画監督、脚本家、俳優、エッセイスト、挿絵画家。本名は池内 義豊(いけうち よしとよ)。

「日本のルネ・クレール」と呼ばれた知性派の監督で、挿絵画家として活躍後、同窓の伊藤大輔の勧めで映画界に入り、片岡千恵蔵プロダクションへ入社。作風は風刺と諧謔、人間味に富み、これまでの立ち回り主体の時代劇とは一線を画す現代的な時代劇で稲垣浩とともに新生面を開いた。その後は闘病生活を余儀なくされるが、シナリオ執筆や映画論、社会批評など著述に専心した。主な監督作に『國士無双』『赤西蠣太』、シナリオに『無法松の一生』『手をつなぐ子等』など。長男は映画監督・俳優の伊丹十三、長女は大江健三郎夫人の大江ゆかり、孫は作曲家の大江光、俳優の池内万作、池内万平。

参考:Wikipedia

伊丹万作の名言集

だますものとだまされるものとがそろわなければ戦争は起らないということになると、戦争の責任もまた(たとえ軽重の差はあるにしても)当然両方にあるものと考えるほかはないのである。

演出者は威厳を整えるひまがあつたら愛嬌を作ることに腐心せよということになる。

門を出で野菊を採りて門を入る。

業トシテ現在ノ仕事ヲツヅケテイルカギリ、当然私ハ健康トハ無関係ニ自己ノ作品ニ関スル全責任ヲ負ワナケレバナラナイ。ソシテコレハムシロ芸術ノ道ニ携ワルモノノ光栄ダト私ハ考エテイル。

だまされたということは、不正者による被害を意味するが、しかしだまされたものは正しいとは、古来いかなる辞書にも決して書いてはないのである。

スケールの大きさはいつもストーリーのよさにかなわない。

有名にして高価なる原作を獲得せよ。 名も知れぬ持ち込み原稿、あるいは自作脚色のたぐいは決してやつてはならぬ。会社が宣伝しませんからね。寝ても覚めても有名高価なる原作を忘るな。

多くの人はだましたものとだまされたものとの区別は、はつきりしていると思つているようであるが、それが実は錯覚らしいのである。

私は俳優の私に対する信頼にあまえて、理由も何もいわず、ただ機械的に視線の方向と距離とその移行する順序を厳密にし指定することがしばしばあつた。その結果、彼あるいは彼女たちの演技は正しく各自の考えでそうしているように見えてくるのであつた。

「だまされていた」という一語の持つ便利な効果におぼれて、一切の責任から解放された気でいる多くの人々の安易きわまる態度を見るとき、私は日本国民の将来に対して暗澹たる不安を感ぜざるを得ない。

新劇お好き?ええ、新劇ときたら、幕のあくからしまるまでは大好き。でも、稽古は大きらい。

世界の名作といわれるものに現われる人物たちを思い浮べてみると、どうも小説の最高の境地は決して個々の性格を描き分けて見せたりするところにはなく、むしろ人間の典型を描くところにあるように思われる。

そしてだまされたものの罪は、ただ単にだまされたという事実そのものの中にあるのではなく、あんなにも造作なくだまされるほど批判力を失い、思考力を失い、信念を失い、家畜的な盲従に自己の一切をゆだねるようになつてしまつていた国民全体の文化的無気力、無自覚、無反省、無責任などが悪の本体なのである。

それにしても四社連盟の策謀者はだれか。その人こそ、その人の名こそ、日本映画史にふたたび拭うべからざる汚点を残したものとして、日本に映画のあるかぎり、日本に映画人のあるかぎり、永く呪わるべきであろう。

今の日本にありあまつて困つているものはからまわりの精神主義だ。中でも精神主義の好きなのはお役所の役人どもであるが、それほど精神主義が好きなら、まず一切の予算を辞退して、精神だけで仕事をしてみせるがよかろう。さすれば国民大衆もはじめて、なるほどと思うであろう

芸術のことなど少しもわからない金持ちが名画や古陶器などを持つているのは、これは所有であろうか。否。所有ではない。本当の所有に対する妨害である。

程度の差こそあれ、人よりすぐれたいということは人間一般の欲望である。人よりすぐれたいを煮つめて行くと一流に至つて究極に達する。つまり人間は本能的に一流へのゴールド・ラッシュをやつているようなものである。

戦争が始まつてからのちの私は、ただ自国の勝つこと以外は何も望まなかつた。そのためには何事でもしたいと思つた。

将来の映画俳優は、その極めて民衆に親近せる位置を自覚し、国家のため、みずから進んで文化的奉仕者たるの誠意を示してもらいたい。

「だまされていた」といつて平気でいられる国民なら、おそらく今後も何度でもだまされるだろう。

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