西暦2000年代の偉人

【小泉純一郎】の名言集|名言まとめドットコム

引用元:首相官邸

今回は有名な「小泉純一郎」の名言をまとめてみました。聞いたことのある名言から、こんな名言あったの?といったものまで数多く紹介します!誰もが知っている偉人「小泉純一郎」の名言・名セリフには、どんなものがあるのでしょうか?

小泉純一郎とは

小泉 純一郎(こいずみ じゅんいちろう、1942年〈昭和17年〉1月8日 - )は、日本の政治家。衆議院議員(12期)、厚生大臣(第69・70・81代)、郵政大臣(第55代)、内閣総理大臣(第87・88・89代)、自由民主党総裁(第20代)、外務大臣(第127代)、農林水産大臣(第37代)を歴任した。

竹下政権にて厚生大臣として初入閣、宇野政権、橋本政権でも厚生大臣を務め、宮澤政権では郵政大臣を務めた。森喜朗の後任として自由民主党総裁に選出され、2001年(平成13年)4月に内閣総理大臣に就任した。内閣総理大臣の在任期間は1980日で、第二次世界大戦後の内閣総理大臣としては安倍晋三、佐藤栄作、吉田茂に次ぐ第4位。平成の時代においては安倍晋三に次ぐ第2位の長期政権である。2009年(平成21年)の第45回衆議院議員総選挙には立候補せず、二男の小泉進次郎を後継指名して政界を引退した。引退後は、奥田碩、田中直毅らとシンクタンク「国際公共政策研究センター」を設立し、その顧問を務めていた。公益財団法人日本尊厳死協会の顧問を務めている。

参考:Wikipedia

小泉純一郎の名言集

痛みに耐えてよくがんばった! 感動した! おめでとう!

昨日の敵は今日の友。今日の友はあしたの敵。これが当たり前の世界だ。これをわきまえながら友情ははぐくむことが大事だ

「必要は発明の母」という言葉があります。必要に迫られると、様々な能力を発揮する、様々な新しい製品を開発する。まさに、日本人の国民性を表したような言葉です。日本人は、瀬戸際に立たされたとき、そういった努力をして力を発揮すると私は確信しています。

(もし自民党が改革政党にならなかったら)私が、小泉が、自民党をぶっ潰します!

失うことを恐れてはしがらみから抜けられない。しかし捨て身で臨めば何でもできる

散りぬべき時知りてこそ世の中の花も花なれ人も人なれ。

どういう天罰だろうな。政界の奇跡が起こったのは天運だろう。

人は他に頼らず、何事も独力で行うことによって自分の尊厳を保つべきなのです。そして、そうした一人一人が独立した生計を立てることによって、一国というものも独立するのです。つまり、一身独立して一国が独立する、ということです。そのためには、まず努力・向上心によって自らの身を立てていかなくてはなりません。

失うことを恐れてはしがらみから抜けられない。しかし捨て身で臨めば何でもできる。

首相としての経験を生かして、一国会議員として何ができるかを静かに考えてみたい。国会議員として活動していくのが私の道ではないかなと思う

国会議員になる夢を果たせず、去っていった人が多いことをかみ締めて行動して欲しい。

どういう天罰だろうな。政界の奇跡が起こったのは天運だろう

完全民営化なのだから、役所に引きずられないように

おれの信念だ。殺されてもいい。

抵抗勢力が私の元気の元だ。批判されるからこそ元気が出る。

山を越え谷を越え、一度は谷底に突き落とされたけど、国民が生き返らせてくれた

格差が出ることが悪いとは思わない。成功者をねたんだり、能力ある者の足を引っ張ったりする風潮を慎まないと社会は発展しない。

政党が順位を決める比例代表よりも一般有権者が直接選んだ方がよい。

政治の裏表を知り尽くしたお師匠さんだった。余人をもって代え難い政治の指南役でもあった

影ばっかりだったところにようやく光が出てきた。光が見え出すと影の事を言い出す。

次のページへ >

スポンサーリンク

-西暦2000年代の偉人

© 2022 名言まとめドットコム