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【黒田孝高】の名言集|名言まとめドットコム

今回は有名な「黒田孝高」の名言をまとめてみました。聞いたことのある名言から、こんな名言あったの?といったものまで数多く紹介します!誰もが知っている偉人「黒田孝高」の名言・名セリフには、どんなものがあるのでしょうか?

黒田孝高とは

黒田 孝高(くろだ よしたか、旧字体:黑田 孝高)は、戦国時代から江戸時代初期にかけての武将・大名。戦国の三英傑に重用され筑前国福岡藩祖となる。キリシタン大名でもあった。『寛永諸家系図伝』などによれば、賤ヶ岳山麓の近江国伊香郡黒田村の出身とされるが、定かではない。

諱(実名)は初め祐隆、孝隆、のち孝高といった[が、一般には通称をとった黒田 官兵衛、あるいは剃髪後の号をとった黒田 如水として広く知られる。軍事的才能に優れ、豊臣秀吉の側近として仕えて調略や他大名との交渉など、幅広い活躍をする。竹中重治(半兵衛)とともに秀吉の参謀と評され、後世「両兵衛」「二兵衛」と並び称された。

参考:Wikipedia

黒田孝高の名言集

最期の勝ちを得るにはどうしたらいいかを考えよ

自ら潔うして他の汚濁を洗い、しかも清濁併せ容るるは水なり

障害に遭いて激し、その勢力を百倍にするは水なり

一度に敵を千も二千も討取ることは得手者に候

これはそちのためにしているのだ。乱心ではない。わしが諸臣に嫌がられて、一日も早く長政の代になるとよいと思わせるためだ

私一人の注意では、多くの家来たちに届くまいから、見のがすことも多いだろう。よくないことがあったなら、遠慮なく早く知らせてほしい

おまえは時々、部下を夏の火鉢やひでりの雨傘にしている。改めよ

大将が文道を好むというのは、必ずしも書物を多く読み、詩を作り、故事を覚え、文字を嗜むことではない。誠の道を求め、何事につけても吟味工夫を怠らず、筋目をたがえず善悪をただし、賞罰を明らかにして、心に憐みの深いのをいう

戦いは考え過ぎては勝機を逸する。たとえ草履と下駄とをちぐはぐに履いてでもすぐに駆け出すほどの決断。それが大切だ

人に媚びず、富貴を望まず

その時、お前の左手は何をしていたのだ?

思いおく言の葉なくて、ついに行く、道は迷はじなるにまかせて

功のない者にもやれば、功のある者に賞を与えるとき、その甲斐がない。だから、古い物をやりたいと思うときは安く払い下げるのだ。お前たちにしても、わずかの銭を出して買う方が得であろう

その人の本質はそのまま残し変化に対応するには、常に柔軟でなければいけない

四角な器にも円い器にも、水は器に応じてはいる

槍・太刀・弓馬の諸芸を自から行なうのを、身分の低い者の仕事であるとして、自分で一度も行なわなかったならば、家来たちの武芸も進歩することがないだろう

すべて国を治めていくには、普通の人と同じ心がけでは駄目である。まず、政道に私なく、その上、わが身の行儀作法を乱さず、万民の手本とならねばならない

上司の弱点を指摘するな

武芸に凝って、ひとり働くことを好むのは、匹夫の勇といって、小心者の嗜みであり、大将の武道ではない

常日頃好むところでも、よくこれを選び慎むことが大切である。主人の好むところは、家来や百姓町人も、自然とその真似をするものであるから、とくに注意せねばならぬ

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